パンと幸福と人とまち。「無人駅にできたパン屋さん」|地域のイノベーター見聞録 vol.3
取材・文:齊藤達郎/今中啓太(地域想合研究室)
各新幹線の延伸やリニア中央新幹線の新設といった高速鉄道網の整備により都市間時間距離が短縮され大都市居住者やワーカーの利便性は向上している。昨今こうしたことに関する話題は事欠かない。
その一方で、人口減少の激しい地方在来線の廃線や他モビリティによる代替、駅の無人化も少しずつ進み利便性もさることながら安全性の問題も指摘されている。
そのような中、JR西日本が2021年10月に完全無人化した駅を、にぎわい創出の拠点に再整備するという記事を見つけた。記事による、デ トゥット パンデュースが石川県加賀市の大聖寺駅に入居し、パン屋とコワーキングスペースが一体化された施設を運営するとのこと。
パンデュースといえば、大阪市のターミナル駅やオフィスの中心街でワーカーを主なターゲットとして展開してきたパン屋さんだ。
それが主たる利用者は高校生で、北陸・加賀市の無人化された駅にコワーキングスペースまで作って出店しようと思ったのはなぜか? その理由や街との関係性に興味をもって訪れたのだが、思わぬ方向へ話は展開した……。
デトゥット パンデュース 大聖寺店は「普段の生活の一部をここで、パンデュースのパンを食べて幸せを感じられる街の新たなスポット」というコンセプトを掲げて2022年6月に出店した。
カフェスペース、コワーキングスペース、待合室、レストスペースを兼ねていて、カフェとコワーキングスペースは一般で1回200円、学生と障がい者は1回100円、パンを購入すれば1回無料(時間は無制限)で利用できる。会議室は1時間2,000円。
まずは出店するまでの経緯を、パンデュースの運営会社である株式会社ヘップジャパン取締役/統括シェフの米山雅彦さんに伺った。
「きっかけは、2021年8月に加賀市の大聖寺駅再生事業の公募プロポーザルがあったからですが、パン屋としてはその前から思うところはありました。
まずコロナ禍があって、人の動きが変わって、おそらくもう元には戻らないだろうなと。オフィスワーカーを主な対象としているだけでは、事業としてなかなかつらい。今後のマーケットを考えると新しいやり方で展開していかなきゃ、という思いがありましたし、郊外の住宅街で開業している仲間はコロナ禍でも売り上げが堅調で、新たな人たちにも喜んでもらっているという話も聞いていました。それと、そういった事情とは別に地方の現状を目の当たりにして、市の方々が持っている危機感を感じたときに「地方はこのままでいいのか」と思ったこともあってプロポに応募することにしました」。
加賀市の人口は約6.7万人。人口の減少も著しい。毎年700人ほど減っている。市としては、駅前の復活を街全体の活性化に繋げて、若い世代がまちに残るようにしたいと考えていたという。
「補助金を使って施設をつくって運営する。最初はいいかもしれないけれど、継続してやっていけるのか? 事業性を確保しながら街を元気にすることの難しさがここにあるんですよね。
だから初期費用は補助金から捻出してもらいましたが、運営費はこちらで賄っています。加賀市は将来に対してすごい危機感をもっていますし、僕たちも自治体の税金から予算を捻出してもらって事業していたのでは続かないなと思いました。なので、パンデュースが運営費を出す。パンデュースとしてはリスクが大きいわけですが、そういう形じゃないと続かないなと思いまして」と、米山さんは言う。
米山さんはただのパン職人ではない!とは思ってはいたが、事業性だけでなく、将来を見据えた加賀市との関わり方まで考えて決断されていたとは。
それでは、米山さんの地方に対する想いとはどういったものなのか。
「すごくシンプルに、まちが必要とするものだけで人も経済も回る。というのが理想だとは思います。でも実際はそうはいかないですよね。僕も含めて人は余計なものがほしくなったりもしますし。現代において何を目指すのか。幸福感を得ながら働いたり、暮らしたり。人それぞれに答えが違うこともあって、これはなかなかの課題ですよね。幸福度が上がるような街の仕組みってなんだろう」と悩んでいる。
それでも米山さんは一歩を踏み出した。現在、大聖寺店で働いている4人の従業員はみんな加賀市に移住した。こうした周りの協力も一歩踏み出すための後押しになった。
「人を育てる環境とキャッシュポイントをつくって成り立たせるって、すごく大事なことだと思いますね。この場所が好きだから、この仕事が好きだからと、事業性も継続性も度外視してやれるとこまでやる……というのは、何か違う気がします」
もともと大阪の本店に勤務していた大聖寺店の製造責任者は「自分の店だと思って頑張って」と店を任されている。本当にクリエイティブにしっかりと良いものを地域のためにつくっていく。その反応をお客さんから直接聞いて、また違う商品を考えていく。お客さんと近い分、従業員のやる気につながっているに違いない。すごくたいへんだろうなと思う反面、うらやましい環境でもある。
「本店での問題ももちろんですが、例えば大阪にない地元の野菜を使った商品をつくると地元の人に喜ばれて店の売り上げがあがる。すごく大事なことなんですけど、これをやろうと思うとやっぱり大聖寺店でも人手がいる。パン職人がつくるパンの個数がそのまま店の売り上げになるわけですからね。新しいマーケットを意識した体制とそのための職人。体制はなんとかなるかもしれませんが、結局のところ人を育てないと持続性はなくなっていくと思いますね。その人しかつくれない本当に手づくりのものは、個人でやっていく分には続けていけるかもしれませんが、その人がいなくなったらお終いですからね」
持続性を考えるとき、どうしても早い時期に初期投資を回収して、その後も売り上げを右肩上がりにする方法とか、どこかの街の成功事例を違う町にコピペして……、といった短期的な視点でついつい考えてしまうが、それではいけない。人を育てるとか、ワークショップの手伝いとか、地域の人との交流を深めるとか時間がかかることを積み重ねていくのが本当は近道なのかもしれない、と改めて思う。
パンづくりを通じて、街づくりの本質に至るとは思ってもいなかった。
最後に印象的だった米山さんの言葉でしめくくろう。
「地元の人に愛されている店って、なんだか魅力的なんですよね」
(2022年9月30日 デ トゥット パンデュース 大聖寺店にて)