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探索のためには愛がいる

こんにちは、臼井隆志(@TakashiUSUI)です。普段は赤ちゃん+保護者向けワークショップの開発とファシリテーションをしています。ここでは「子どもの探索活動」をキーワードに子どもの認知・発達・振る舞いについてのリサーチ過程を公開していきます。

前回の記事では、「感覚を総動員する遊び」を繰り返すことでパターンが予測できるようになり、それを模倣したり再現しようとする、という話を書きました。

これまで、赤ちゃんが未知の状況と遭遇したとき(雪に初めて触れる人見知りを乗り越えるなど)の対処の仕方を何度か話題にしてきましたが、今日ここで書きたいことは、赤ちゃんが未知の状況を探索するとき、必要なのは愛なのだ!という話です。

親密な人との心のつながり

「愛着(Attachment)」という心理学の概念があります。

人間の赤ちゃんは抱っこされ、ケアされ、1年ぐらいかけて自分で動くことができるようになっていきます。赤ちゃんが「自分をケアしてくれる人」に対して抱く情緒的な結びつきのことを「愛着」と言います。(愛着の対象の多くはママなので、ここではママとします)

赤ちゃんはママに触れたりくっついたり(接近)、ママがそばにいることで安心したり(定位)、ものを指差してパパと眼差しを共有しようとしたり(発信)します。これらは「愛着行動」と呼べます。

感情を参照して探索する

「愛着」というと、「接近」のような「くっつく」印象がありますが、「愛着」をママとうまく築くことができると、「はなれる」行動がうまくなっていきます。ママの存在が心の拠り所(安全基地)になり、周囲に積極的に働きかける「探索」をすることができるようになります。

「The Visual Cliff」という実験があります。

この実験は、もともと赤ちゃんの「奥行き知覚」を明らかにしようとするものでしたが、成果はそれだけではありませんでした。お母さんが笑顔で呼びかけをすることで、赤ちゃんがその表情を手掛かりに恐れや葛藤を克服するということがわかったのです。

また、こんな実験もあります。赤ちゃんが微笑みかけた時、ママが微笑むとさらに嬉しそうにしますが、無表情なままだと赤ちゃんはパニックになるというものです。「Still Face Experiment」という実験です。

このように、ママやパパのような「愛着の対象となる人」の感情を参照しながら、赤ちゃんは探索していきます

心のなかの存在との愛着

ここまでは物理的にママの顔が見える場合の話でしたが、最終的には、顔が見えなくても子どもの心のなかで「ママだったら何て言うかな」「きっとこう言ってくれるだろう」というようなことを参照するようになります。

赤ちゃんは最初、感覚を通してママの存在を認知し、情動が働きます。ママの顔を目で見て、抱っこされる安心感を皮膚や固有受容覚(関節などについている感覚)で感じて、ママの声を耳で聞いて、「気持ちいいな」「嬉しいな」「ほっとするわ~」というようなことを感じ取ります。

だんだん記憶力がついてくると、心のなかでママのことを思い浮かべることができるようになります。ママの表情だけでなく、声・感触・一緒にいるときの安心した心持ちなど、感覚の総体として「ママ」を思い浮かべるのでしょう。おそらくママの行動パターンも記憶していて、そのパターンの予測によって情緒が安定したり不安定になったりします

託児サービスに預けられた2歳の子が泣いている時、保育士が「ママはここで待ってたら迎えにきてくれるから大丈夫だよ。遊んで待ってよう!」と言って伝えると、そのこはじーっと話を聞き、「そっか、じゃあママが戻ってくるまで遊んで待ってよーっと」という感じでケロっとして遊んでいたことがありました。

日頃の「愛着行動」を通してママと一緒にいる自分の感覚を記憶し、心のなかにママがいきいきと描かれ、それゆえに「ママが戻ってくる」という未来を信頼できるのだと思います。

見知らぬ他者と出会ったときに

こうした愛着のスタイルを評価する方法として「ストレンジ・シチュエーション法」という実験方法があります。

これは、以下のようなプロセスで行われます。

1. 知らない場所でママと遊ぶ
2. 知らない人が入ってくる
3. ママがいなくなる
4. 知らない人が関わってくる
5. ママが戻ってくる

このプロセスのなかで「3. ママがいなくなったとき」と「5. ママがもどってきたとき」の子どもの反応によって愛着のスタイルを評価する、という実験方法です。スタイルには以下のようなものがあるそうです。

ただし、この分類だと「安定型は良くてそれ以外はあんまよくない」という感じに見えますし、「ママの情緒が不安定だと葛藤型になりやすい」というような話もあります。しかし「母子関係が全てではない」ということが重要です。

大人になってからの愛着スタイル

「ストレンジ・シチュエーション」の研究には続きがあり、乳幼児の頃に実験した子が成人してから追跡調査をしたところ、この愛着のスタイルが一致していたという報告があります。

「安定型」はそのまま安定した愛着のスタイルを持ちますが、「葛藤型」や「回避型」は「不安が大きく、他者にしがみついてしまう」とか「不安は少ないが、他者と距離を置いてすごしがち」とか「不安が大きく、他者と距離をおきがち」というように、他者との関係をつくりにくくなるという話です。

ただし「この愛着のスタイルをもう変えることはできない!」というわけではないと思います。ぼくも20歳ぐらいの頃は「拒絶・回避型」だったと思います。しかし、その後いろんな人に助けてもらったり、逆に図らずして人の役に立っていたりして、人を信頼できるようになってきていると思っています。

自分にとって重要な他者との関係がどう形成されるかで、その人の人格が変わっていく。親の育て方によって人生が決まってしまう…ということではなく、他者との出会いが人生を変えていくということです。

親以外の親密な他者という意味では、親子関係のやりなおしは恋人によって可能とする説もありますが、ここでは掘り下げないことにしておきます。

まとめ 

「かわいい子には旅をさせよ」などと言いますが、大人が子どもの自立を促すには、未知の未来に向かって生きて行く子どもを「大丈夫!怖がらずにやってごらん!」と言って送り出すことができるかどうかが鍵になるのでしょう。

また、赤ちゃんと他者の愛着の話は、大人にとっても縁のある話です。顔の見える関係性のなかでお互いの「配慮」や「関心」によってつくられる人の集まりのことを「親密圏」と呼びますが、この配慮や関心のあり方もまた、探索のためのエネルギーになると思います。

他にも、愛着対象の「喪失」をどう乗り越えるかということも興味深い話なのですが、それらは別の機会に譲ることにします。

次回

次回は赤ちゃんの全身運動はどのように発達していくのか、という話を書こうと思います。また、今年やろうと思っているリサーチ企画のテストレポートを書けるかな~と。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。いただいたサポートは、赤ちゃんの発達や子育てについてのリサーチのための費用に使わせていただきます。