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普通は普通ではない

父はサラリーマンだった。

そこそこ大きな企業の社員として
定年まで勤め上げ、
大きな出世はしていないが、
中間管理職にはなっていた。

子供2人を大学まで行かせ、
家を2軒分建てた。

遺産はないが借金もない。

病名が判明してからの
身辺整理と後の指示は的確で
見事だった。

あまり感情を荒げる人ではなかったが
それでも、数回は張り倒された。
もちろん理不尽な理由ではない。

新しいものが好きで
新製品のカタログなどを眺めて楽しんでいた。

周囲への配慮を欠かさず、
常に自分のことは後に回し、
その他の人のことを優先する人だった。

子供の前では頑固だったし
真面目が服を着ているような印象もあった。

子供にできるだけの新しい経験を
させてくれ思い出も数えきれないほど。

そんな父が私が社会人2年目の時
定年退職した。

酒の飲めない人だったが
コップ1杯のビールでしたたかに酔って
家族のまえで私に、説教というか
こんこんと話し始めた。

「おれは会社で大出世したわけじゃなかし
 普通に仕事ばしてきた。
 ばってん、お前たちに極端に不自由な思いは
 させてこんかったろうとおもとる。」

「まあ、いわゆる中流やな
 お前から見たら面白ろもなか
 普通の人生とおもっとろうが」

「ばってんな、必死やった
 きつかこと、理不尽なことも
 山んごとあった。」

「それでもやりきった、
 よかか、よう覚えとけよ、
 必死にやってきて今の普通、中流よ。」

「普通にやって普通じゃなかと、
 必死にやってやっと普通になっとったい。」

「ぼーっと普通にしとっても
 普通にはならんけんな!」

そう言っている父の眼差しに
気圧されそうになった。

なにも言えなかった。

自分なりには必死にやってきたつもり
だったが、つもり、でしかなかったな。

普通以下だからなあ、今。


親不孝は詫びて詫び切れるものではないが
前を向いて歩いて行かねば。
必死に。

普通は普通ではないのだから。



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