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馬鹿になる

前職の新入社員だった時、
研修期間を乗り越え現場に配属されて
二週間ほど経った頃。

役員を退任した大先輩のAさんを最終日に、
職場から駅まで車で送るように
指示された。

最後ということで
今までの慰労も兼ねて
その方が好きな鰻屋で昼食を
取るようにとも。

わたしもお相伴に預かれる。

正直うれしかった。

いざ入店し注文の段になる。
「私は並がいいです。」と
Aさんからのお言葉。

私は小賢しいかな
大先輩の慰労も
兼ねたものだから
少しでもよいものをと
こっそりと
「並ひとつ、上ひとつ」と。

料理が運ばれてきて
食事を始めて間も無く
Aさんは自分が新入社員
だった頃のことを話された。

「私は大学では、理数系で
 数学を専攻してたんだよ。」

「物理や化学も好きだった。
 でもなぜ正反対のような
 この仕事についたかは置いておいて」

「入ったばかりの頃の私は
 理論理屈ばかりを考えて
 効率を重視していた。」

「先輩の言うことなども
 口では、ハイ!、といいつつ
 聴いたフリが多かった。」

「小賢しい生意気なやつだった。
 穴があったら入りたいね。」

「だから、ある先輩からは
 ことあるごとに、
 Aくん、
 君はもっと馬鹿にならんと、
 とよく注意を受けたね。」

「もちろん文字通りの意味じゃなくて、
 色々と考えを巡らす前に
 まずは、言われたことをそのまま
 素直にやりなさい、
 というような意味でね。」

Aさんはそのことが原因で
周囲に大変迷惑をかけた大失敗の
ことを話してくださった。

虚飾なく自分の恥を
さらして。

指示されたことを
もっとこうした方がいいだろうと
勝手に別の方法で実行し
大損害を出した。

一見して非効率な方法でも
それをせざるを得ない理由が
あったのだ。

そのことは会社では
周知のことで
わざわざ説明するほどの
ものでもないほどの。

駅で別れ際に
「君ももっと馬鹿になりなさい。
 がんばるんだよ。」
そうにこやかに言われた。

職場に戻り
経費の精算をするときに
上司から問われた

「A さんには上をたのんだの?
 であれば、量が多かったのんじゃないかな
 体調は大丈夫だろうか」

私は何を言われているのか
わからず、
どういうことですか、と問い返した。

Aさんは以前
病気の治療で
胃を三分の1ほど切除していた。

したがって
食事が一度におおくは
食べられないのだった。

くわえて
並、上というのは
鰻の質などではなく
単に量の違いでしかないこと。

をおしえられた。

それに伴い、
無知な私はそれらを知らず
Aさんにとって非常に失礼かつ
無理なことを押し付けていたことを
おもいしった。

Aさんに無理して
通常食べられないほどの
量の食事を注文してしまっていた。

Aさんには
私が小賢しくが
バレていたのだった。

それでも私を
せめるでもなく
ただ自分の失敗談を
たんたんと話して
わたしに気づかせようと
してくださっていた。

新人の頃や
はじめてのことに取り組む
そんな時は
自分の知らないことが
多くて当たり前なのに
それがわからず
それを覆い隠すかのように
小さい経験や
浅い知識でしか判断していないのに。

自分が正しいと無意識に
傲慢になっていた。

穴がなかったら
掘ってでも入りたいぐらいだ。


どう考えても理不尽だと
思えることに
盲目的に従う必要はない。

しかし、はじめてのことや
なれないことなど
取り組む時や
指示されたことを
実施するときなど

とりあえずまずは素直に
そのままやってみること
この気持ちは
大事なのだと刻みつけられた。


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