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一般的生活の美しさ

好んで孤独を選ぶ馬鹿があろうか。そんな屈強にして堅牢な精神があるならば僕は見習いたい。
朝の通勤列車さえ、稀にしか乗らぬ者にとってはちょっとした冒険だ。

夜な夜な飲み歩いてるようじゃだめだ。たまには、早起きしないと。そこには、今日を生きている人たちの姿があった。僕は爆撃に打たれたみたいに、目が覚めた。こんな時間、いつもは狭い寝床で馬鹿みたいに眠っているのに。くよくよと眠ってる、実に馬鹿らしい。普通の生活を見下していた時期があったことは紛れもなく事実で、それは本気の侮蔑であった。サン=テグジュペリを少し敬拝しすぎただろうか。先輩パイロットとして、ただならぬ興味を引いた彼はしかし群衆を完全に軽蔑した。彼は強い人間なんだと思う。今ではもう、彼に同調するほど僕は強くないということだ。本当の勇敢さは、あの夜にアンデス山脈を飛行機で超えてみない限り培えそうにない。

ただ日常を生きることの素晴らしさ、どんな秘密を抱えた人間も朝の通勤電車では皆等しい顔つきをしてる。一般的なそのリズムと異なって生活することの、目を背けたくなるほどの難しさと醜悪さよ。醜悪、と言っては同門の者たちの反感を買いそうなものであるが、しかし僕はこの静かな通勤電車を降りて、地下から上がって霞ヶ関の中層ビルの間を流れる冷たい冬の空気に触れて、尚険しい顔をした大人に囲まれ、美しいと思った。人間の慎ましい生活に宿る美しさ…部屋にチューリップでも飾ってみようかな。

何を突然、手のひらを返したようにと思うかもしれない。でも、僕を脈々と流れる群衆愛、人混みが嫌いだと言いながらアメリカにいる間だって僕は大都会にしか訪れていないことを思えばそれは明らか。僕は根っからの人好きなんだ、本当は。そんな人間が太宰の斜陽なんかを読めば、もうただ生きているだけでいかに素晴らしいことかを痛感するのである。

“捨てた世界に帰ることも出来ず、民衆からは悪意に満ちたクソていねいの傍聴席を与えられているだけなんです”

斜陽族、愛すべき同志よ。命を大切に。ただの生活というのはとっても美しい。お酒というのはつまり、門なんだと思う。酒が美味いと思える人間で、よかった。

通勤は、人間に可能な最高芸術だ。
特に冬の通勤、これは本当に素晴らしい。

やっぱり、冬はつとめて。

Y.C. (ユア・コメディアン)

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