見出し画像

体験記 〜摂食障害の果てに〜(19)

 高栄養の点滴のおかげか、食事を摂らなくてもお腹は空きませんでした。ただ、食事の時間がきて、廊下が賑やかになると、なんとなく寂しいような気になりました。最初の頃は、何も食べたくはありませんでしたが、次第に(ゼリーを食べてみたいなぁ。)と思うようになりました。冷たくて、ツルーン、としたおいしいもの。……熱があったせいかもしてません。私の弟がゼリー好きで、よくブドウのゼリーを、風邪を引いた時に(元気な時にも!)食べていました。すると、無性に欲しくなって、たまらない気持ちでいるところに、
「今日は、青リンゴのゼリーがついてるよ。」
 と、看護師さんが、別の患者さんに声掛けしているのが耳に入ってきました。その時の切なさったら、ありませんでした。
(ああ、いいなあ。私も食べたいなあ。)
 小学校の時、遠足のお弁当には、必ずイチゴのゼリーが入っていました。母が入れてくれていたのです。弟は、ブドウのゼリーでした。それを思い出して、余計に食べたくなりました。私の体は脱水症状で、喉も干からびていたのです。水気のあるゼリーは、天国の食べ物のように思えました。元気だった時には、滅多に食べたことがありません。甘いものは、食べなかったのです。美味しいおやつは一切食べませんでした。
(ああ、早く膵臓が治るといいのになぁ。)
 今は、入院前とは違います。膵臓が良くなったら、絶対に食べてやる! と思いました。そう、今度こそは、絶対に、何でも食べてやる、死ぬよりマシだと思ったのです。
 膵臓が悪くなり始めてから、お腹の真ん中辺りから喉元まで、ぐうううっと固くて重い物が迫り上がってくるようになりました。例えるなら、真っ赤に焼けた鉄の車輪で体を轢かれていく感じです。それが迫り上がって来ると、痛さで息が詰まりました。その痛みが頭の方に抜けていくと、今度は、痰が大量に喉に湧いてきました。
 それが一日中、何度も繰り返され、地獄のようでした。その痛みの正体を自分なりに推測し、胃液ではないかと思い当たりました。なぜなら、喉と口の中が傷だらけになったからです。胃液は強力な酸です。酸が喉の粘膜を溶かしたり、上顎の皮膚を爛れさせているのかもしれません。痰は、体の中の良い物と悪い物が戦って、敗れた物が体外に排出される時、出てくるのかもしれません。口の中が苦くて嫌な味がするのも、そのせいかもしれません。
 ある日、その考えを先生に話してみました。でも、先生は、「うーん。」と唸ったきり、何も言いませんでした。
 家族は、看護師さんから、
「膵臓の悪化で、激痛がきています。痛み止めを点滴に混ぜていますが、効いていないようです。」
 と、言われたそうです。痛みの正体は、膵臓からきていたのでした。その時、私の膵臓には水が溜まり、ジャブジャブに溢れていたそうです。私は、何も説明を受けていなかったので、母から『膵臓に水が溜まっている』と、聞かされた時、(きっと肺の水と聞き違えている。)と、思いました。膵臓と同時に、あるいはそれより早く、気胸になった左の肺に水が溜まっていました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?