ショートストーリィー「月の砂漠」
約束の時刻に7分遅れて到着した喫茶店では、
ポインセチアが並んだ窓際の席で彼女が待っていた。
真っ赤な葉を背景にして、ほとんど化粧をしない彼女の白い肌は、とても清楚に美しく映えている。
「ごめん、遅くなって」
「そんに息を弾ませて、大丈夫? 走ってこなくてもよかったのよ」
彼女の前のカップにはミルクティーがたっぷり残っていた。そんなところが彼女の優しさだった。
「その煙草は?」
彼女が煙草を手にしているのが不思議だった。
少なくともぼくが知っている1年6ヶ月間は、彼女の髪や上着から煙草の匂いを感じたことはない。
「コンビニのレジで目に付いて、買っちゃった」
「きみが吸うために・・・・・・」
「パッケージを開けるつもりはないわ」
「よくわからないな」
「考えてみて」
ぼくへのプレゼントということは、一番に消去できる。
もしかして、元カレに関係があるのだろうか。
たぶんぼくの表情が陰ったのだろう、彼女が笑って煙草をぼくに手渡した。
「そのラクダを見て、どう思う?」
ぼくはパッケージに描かれている絵をじっと観察した。
「ぼくには、時間の経過と、その間の出来事を懐かしんでいて・・・・・・、それから、この先の生き方をどうしようか、思案しているように見えるな」
「そうね、味のある表情をしてるわ。そこが気に入っちゃったのよ」
彼女はこのラクダの絵に惹かれて、玩具を手にする感覚で買ったみたいだ。
ラクダは数多くの旅人を背中に乗せて、数えられないほど砂漠を行き交ったのだろう。
🎵 月の砂漠を遙々と、旅のラクダは行きました
満天の星の下を、彼女を乗せてラクダが歩いてゆく。
ぼくはラクダの手綱をもって、一緒に歩きながら、鞍上の彼女を見上げる。
月光に浮かぶ彼女の横顔は、凛としていて、迷いは一切見あたらない。
ときどきラクダを休ませるために、
ぼくと彼女の体温をお互いに感じるために、
ふたりは手をつないでラクダと並んで歩く。
金の瓶や銀の鞍は持ち合わせていないけれど、ぼくと彼女は行き先が同じだということだけで満足している。
ぼくと彼女は仲良く手を取り合って歩んでいることに幸福を感じていた。
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