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フミオ劇場  13話『はよチャンネルまわせ』

 その物騒な風貌から、酒豪と勘違いされがちだが、フミオは下戸だった。よって晩酌しながらのテレビ鑑賞でなく

 ⚫︎お茶(玄米茶かほうじ茶)
 ⚫︎果物(桃党)
    子供は食べたら鼻血出ると独り占め
 ⚫︎お菓子(鴬ボール、羊羹)
 ⚫︎タバコ盆

 ピクニック型鑑賞である。

  テレビは一家に一台の時代。家族揃って観るのが日常だ。

 そうなるってぇと、どうなるかってぇと
 フミオのうんちく披露の場、檜舞台となり

 ドラマの解釈、出演者情報、クイズ解説
 画面越しの野次に至るまで

 言わば、強制的副音声だ。


 野球中継では、コテコテ大阪人のくせに
 巨人を優先した。推しは王選手。
 他の選手は(あの長嶋選手でさへも)
 残らず野次の対象となった。


 フミオの息子、和彦が小学生の頃
 (昭和40年代)はプロレス界も大躍進。
 全国の教室や廊下で
 コブラツイストがかけられた。

 和彦も熱狂し、母の三枝子から

「目ぇ悪なるから、下がりなさい」

 何度注意されても、画面に齧り付いている。

 だが背後に鎮座するのは凶器反則で有名な
 ヒールアナ・フミオ。
 ピクニック型鑑賞セットの桃に
 手を伸ばしたところでゴングが鳴った。

「こいつらはな、試合前に相手に金渡してるから、勝ち負けなんか、最初から決まっとんねん。プロレスは台本のある娯楽やで、分かるか? ショーや、ショータイム。お前ら子供はアホみたいに応援してるけどな」

 画面へ鼻をスレスレにしたまま怒る和彦。

「そんなんウソや!」

「嘘やあれへんがな、この前の外人もインチキやで。最後なって急に負けたやろ? おかしいと思わんか?」

 子供に夢を見させてやろうなどという
 親心など皆無だ。

 前から中継アナ、後ろから副音声アナ
 挟み撃ちラリアットを受け続けた和彦は

「頑張れ! インチキ! やったー! 金返せ! ウワァーン!」 

 自分が何を言ってるのか分からなくなり
 膝から崩れ落ちて泣いた。

「泣くな! お前がなんぼ泣いても変わらんのじゃ! 八百長は八百長。それだけの話」

 歌番組では女性の容姿を妄評した。

「大きい口やから歌上手いねんけど、こんな大きかったら、それこそ嫁の貰い手あれへんぞ、ほんでまた、いつの間にこんな老けたんや。もう終わりやの」

 終わっとんのはアンタである。
 今なら即刻セクハラ解雇案件だが
 時は昭和。時代に助けられていた。

  ニュースやドキュメンタリーでも
 偏見に満ちた私見を放っていたが

 テーマが重くなると様子がおかしくなる。
 例えば難民や難病の子らの治療場面
 病院での様子が映ると

 途端に黙って横を向き

 「はよ、チャンネル回せ!」

 と、毛嫌いするのであった。

 樹里が高校に入った年の冬休み炬燵で
 アメリカのクリスマス番組を
 ウットリしながら眺めていた時のことだ。

「なに観てんねん」  

 と、フミオが割り込んできたタイミングで
 場面が変わり
 クリスマスを病院で過ごす子らが映った。

 いつものように

「もう。はよチャンネル回せ」

 フミオが命令したところで

 堪忍袋の緒が切れた。


「回せへんわ! いまこれ観てるねん! 何なん、いっつも回せ回せて! 病気の子が映っただけやろ! 何をそんな嫌がるんよ、どんだけ冷たい人間やの、じぶん!」

 予想だにしなかったのだろう。
 フミオは蜜柑を剥きかけたまま
 固まっていたが、しばらくして


「なんでて……こんなん見ててもワシ何にもでけへんやんけ……しゃあから嫌やねん。風呂入るわ」

 そう言って、風呂場へ消えた。

 予想だにしなかったのは樹里も同じだった。

 見てても助けてやる事が出来ない。
 何もしてやれないから見るのが辛い。
 分からなくも無いが

 そんな乙女な理由?

 いや、このオッさんの表面的なものに
 誤魔化されてはいけない。

 記憶の探知器を巡らせると
 ある場面を思い出した。

 小学生の時、樹里が熱中症で入院した。
 だが、樹里の血管は細くて逃げるタイプで
 点滴針を刺すのに医者が苦労した。

 左右あちこち針を刺しては首を振り
 最後は、左手甲に近い場所の皮膚を
 こじ開けるようにして、針を刺した。

 そのとき家族皆が心配そうに見守る中
 フミオだけ
 ずっと後ろを向いていたのだ。

 病院や注射が嫌い。いや怖いのだ。
 それゆえユニセフCMなど、たった数秒
 でさへ直視出来ないわけだ。腑に落ちた。


 たまに
  キャラクターをブラしてくる男であった。

              つづく

🟣番外編🟣

 約4年前。その日入院したフミオから、同じ市内に住む和彦のもとへ電話が入りました。

「あー和彦か。ワシはもう……どうやらあかんようや。お前にも世話なったのう……」

 慌てて病院へ急ぐ傍ら、和彦は姉の私に電話をよこしました。

 和彦の様子から、ある程度の覚悟をし最終新幹線や夜行バスを調べていると15分ほどして再び電話がありました。

「大丈夫、来なくてええで。透析のカテーテルを装着する手術で、緊急の問題は何もないらしい。父からこんな連絡があってぇって、説明したら看護婦に笑われた『お父様は何か勘違いされたんですかね』って」

 医師から、きちんと説明を受けたはずなのに、恐怖で何も耳に入らなかったのでしょう。今生の別れのような電話をかけていました。

 しかし、最近は様子が違うようで

「ワシ、病院でモテてのぅ。看護婦みんながワシと話したがるんや。悩み相談にも乗ったってるから。お、ひとり仲ええのおってな。ワシあいつとヘタしたら病院で噂されてるかも知れんわ」


 誰も噂なんかしてないと思いますが、人生初のモテ期のようで、やたら自慢げです。

「ひとり注射下手な男がおってな、あんまり痛いから『なんじゃお前は! 看護学校戻って、出直してこ〜い!』て、注射器抜いて暴れたってん。『二度とワシの前に現れんな!』言うといたった」

 おまけに
 病院でもキャラが戻っているようでした。

          🟣番外編おわり🟣

【1話〜12話です。1話完結の連載なので、お時間あれば読んでみてください】

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