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フミオ劇場  12話 『先手必勝と女のタバコ』

 地元の活発な(荒れた)中学に入学した樹里は刺激的な毎日を疾走していた。

 新入生は先輩たちを真似て鞄をペタンコに、スカート丈を長く、オキシドールで髪を脱色した。

 樹里たちクラスの女子グループで
 ある日決起し
 新米男性教師を糾弾したら泣き出してしまい
 学校で大事になる。

「家庭訪問するからな!」

 職員室で味方に囲まれ
 生き返った新米は、女子たちへ告げた。

 
 母の三枝子は喫茶店の仕事があるので
 臨時家庭訪問は、フミオが対応。

 
 新米は、希望に燃えて教職に就いたのに
 樹里たちから辱めを受け、傷つき
 悔しかったとフミオに訴えていた。


 樹里は展開が読めなかった。
 
 この場でフミオに殴られるかもと思ったが
 フミオは、さっきから新米を凝視している。


 樹里は背筋が凍った。
 フミオの点描眉(怒りのサイン)が
 動き始めているのだ。

 
ーーゲゲッ、まさか先生が標的?

 樹里が声を呑み込んだ、その時だ。

「センセ、もうわかりました。あとは家でやっときまっさ」
 
 フミオが突然立ち上がった。
 
 新米は唖然と見上げていたが
 フミオの獣臭に気圧されたのか
 目を伏せてそそくさと帰っていった。

 フミオはヘッと笑い

 
「お前も不運やったな、あんな奴が担任て。だいたい、おのれが教師のくせに親に告げ口しに来るて、アホかあいつは」
 
 何事も無かったように、テレビを付けた。

 
 中学に入ると男子から電話もある。
 リビングに固定電話しか無い時代だ。
 フミオが取ると

 
「樹里さん、おりますか?」
「おるよ」

 と言って、ガチャンと切るか
 
「名前は?何の用?」

 質問攻めにするので

「なんで、普通に取り次げへんの、もう!」

 フミオに声を荒げることが増えた。

 そんな最近の樹里について

ーー中学に入ったと思ったら、スカート長うしてカバン潰して……男からの電話切っただけで怖い顔してワシに突っかかってきよる……あいつ、ひょっとしたら不良になるかも知れんのぉ。

 珍しく長考していた。自分が樹里の私学の学費を博打で使い込んだことを数秒ほど反省したが

ーー先手打っとくか。

 何か思いついた様子でフミオは膝を叩いた。

 翌週、樹里はフミオの部屋に呼ばれる。
 怒られるようなことしたかと
 警戒しながら樹里が座ると

 フミオはタバコ盆(マッチやタバコ、灰皿のセット)を差し出して        

 
「火つけたるから、吸ってみろ」


 あっ?と驚くタメゴロウ的発言をした。

「タバコ?いらんよ、そんなん」

 だが、セブンスターを1本
 樹里の鼻先に持ってくる。

 
「ええから! チョキしてみぃ」

 こんな強引な時は
 超短気の種を刺激してはいけない。
 樹里は黙ってチョキをした。


 チョキにタバコが挟まれ
 火が近づいて来た。

 一気に吸ってみると
 
「ゲホッ! ニガッ!」
 
 喉に苦い衝撃が走って涙が浮かんだ。
 
 嬉しそうにタバコを取り上げたフミオは
 
「喉で止めると苦いんや。タバコは肺まで入れるもんやからな」
 
 偉そうにドヤ顔をしたかと思うと

 今度は、恩着せがましく真面目な顔で

 
「お前はな、そのうちタバコ吸うようになる。せやからワシが先に許しといたる。その代わり外では吸うなよ、家で吸え。お、ほんでママには絶対見つかんなよ」

 狂ってんか?みたいなことを言った。

 喉から苦さが込み上げてきて
 えづきそうな樹里は口元を押さえ
 うがいがしたいと、ゼスチャーで訴えた。


「よし、ええぞ。洗面所でようゆすいどけ」

 
 
 樹里はフミオを呪った。
 
ーー苦いの取れへんやん。タバコなんか吸えへんっちゅうねん!

 だが、フミオの読みは当たっていた。

 夏休みに入ると、新しい友達と喫茶店へ
 出入りする事が増えた。
 樹里の目的はクリームソーダ。

 
 タバコ吸う友達を
 最初は見てるだけだったが
 直に仲間に加わった。

   フミオのタバコ盆から数本抜いては
 スヌーピーのポーチへ忍ばせた。


 その日、いつものようにこっそりタバコを
 取りに行くと、不意にフミオが
 部屋に入って来た。

「あ、えっと、家で吸ってええんよね?」

 慌ててそう言い、仕方なくフミオの前で
 初めてタバコを吸った。

 
 手慣れた様子で火をつける樹里を見て
 フミオはニタニタする。

 
「オ〜マ〜エ〜やっぱり吸うとるやないかぁ。朱に交わると赤なるて、ほんまやのぉ〜」

   中学生の娘が、自分の予想通りタバコを
 吸い始めたのを 
 こない喜ぶ親がおるんかと呆れながら
 樹里がフーと煙を吐いた時だ。

 急転直下、フミオの点描眉が動き出した。
 
ーーやばっ。外で吸ってるの気づいたんかな?

   だが違う理由らしかった。


「なんやそれ! 女のくせに、どんな吸い方しとんじゃっ」
 
ーー吸い方?
 
「こうやっ。斜めから近づけて、端の方で」

 フミオがポーズを取った。
 
「端っこ?」

「そうや。女がタバコ吸うときはな、色っぽさが無かったらあかんのや、あんな男みたいなんやったら吸わん方がマシや」

「こう?」
 
「そや、ほんで指はこう、揃えて。顔はそやな、あっちへ向けて、ほんで顎はちょっとひく」
 
 先斗町のお師匠はんでっか?みたいに
 細かな指導を始めた。

 次の土曜日、樹里は
 せっかく稽古を付けてもらったので
 喫茶店で友達に披露した。

 
「なんか、恰好ええやん!」
「誰に教えて貰ったん?」
 
 雑誌に載っていたと適当に答えた。
 父親だなんて言っても信じて貰えない。

 彼女たちの父親は厳格だった。
 うるさくて、ムカつくと
 タバコを吸いながらよく愚痴っていた。

 
 その点、家で自由に吸っていいと言われた
 樹里には友達のように
 親に隠れて悪さする高揚感が
 ひとつも無い。

 クリームソーダにも飽きて
 喫茶店に行かなくなると
 自然とタバコも吸わなくなった。


 こうして
 フミオの先手が功を奏した形にはなったが

 そもそも

 生まれた時からフミオという
 タチの悪い不良番長が自宅にいるのだ。

 誰が憧れるんや?っちゅう話である。

 それにしても
 不良封じ先手必勝作戦を思いついたくせに

 ついつい
 女のタバコの吸い方レクチャーをする
 本末転倒ぶり。

 この男の頭の中は、どういうシステム系統に
 なっているのだろうか。


                 つづく

🟣番外編🟣
読んでくださりありがとうございました。
お時間あれば、ぜひ1話からチェックしてみてください。

親ガチャなんて言葉は無かった、昭和のわさわさした時代に、なんでこんな親なんやろと不満を抱えながら大きくなっていったのですが、
気付いたら自分もシニア、親もシニア。もはや、どっちが先に三途の川渡るのかー?てなことになってます。

連載は、いよいよ後半に突入、フミオ劇場ピークを迎えます。

           著者の長女樹里より


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