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読書感想文 『秘密の花園』 自然と生きる力〜魔法〜

 先日、ひょんなことから、『秘密の花園』を読み直すことになった。家にあったのは、初版が昭和29年瀧口直太朗訳のものである。多少訳語に古い感じはあるものの、丁寧な翻訳で、とても読みやすかった。

 少し古い時代の、イギリスのお屋敷や、イングリッシュガーデン、と呼ばれるものが、とても想像しやすくなっている現在、改めて読んでみると、細かい草花、小鳥や小動物の様子を、訪れたことはないものの、ありありと思い浮かべることができた。

 今の時代、そしてこの日本で、コレラで一家全滅して子どもが1人取り残される、とか、100以上も部屋のある屋敷でメイドに世話されながら、でも他の人にはほとんど構ってもらえず1人生きる、というのは、多少想像しにくいものではあるが、そんな過酷と言える状況の中で、屋敷の外庭の自然に触れ、少しずつ生きる力、楽しみを見つける力を、空気や土、植物からもらい、(読者がそうと気づかないうちに)どんどん逞しくなっていく様子の筆力は、改めてすごいと思った。

 話は飛ぶが、子どもの通った幼稚園は、子どもたちにいつでも「本物」を与えてくれた。日々、お散歩と称して1時間近く外を歩く。その中で例えば柘榴が成っている木があれば、季節の替わりごとに見に行って、その変化を見せる、田植えも最後の稲刈りまで自分たちで鎌を手にして刈り取る、畑ではミミズや蛙のいる土を耕す、など挙げればキリがないほど、作り物ではない生きたものたちに、毎日のように触れさせてくれていた。ちなみに、場所はそこそこ「街」である。

 今の子どもたちは、ゲームばかりで、などと言われることが多いが、外で「遊ぶ」のは、みんな本当は大好きなはずなのである。嫌いにさせてしまうのは、大人の「それ汚いよ」とか、「危ない」「気持ち悪い」などと言ってしまう感覚のせいだと思っている。もちろん命に関わるような、本当に危険なことは教えていかなければならないが。

 けれど、この『秘密の花園』の子どもたちのように、安全な外で思い切り自由に遊ぶ子ども時代の大切さを、改めて痛感した。昔読んだ時(おそらく20代)には思いもしなかった「今の私」の読後感である。

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