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【大正の少女雑誌から】#4 まだ子供でいてもいい


子供と大人の間にある、少女時代。
というと、取り沙汰されるのはたいてい、ナボコフの『ロリータ』のような早熟さだとか、少女特有のアンバランスな色気の部分かと思います。
でも、そういうものと同時に、まったくの子供らしさも備えているからこそ、少女は少女なのですよね。
髪に大きなリボンを結んで、水たまりに見とれたり、雪にはしゃいだり、一目散に走ったり──

今回は、そんな子供のようなかわいらしさにあふれた抒情詩を集めてみました。基本的に、少女雑誌の投稿作品はみな知的で大人びていて、ときには官能性すら感じさせるほど成熟しているのですが、なかには思わず目を細めてしまうような無邪気なものもあるのです。

登校(名古屋/王紫影)

「母様行って参ります。」
足もとの小石を一つ
おざうりの先でけりました。
白い小石が嬉んで
走て行きます。
私もあとから走りました。
とう/\御門まで来ましたの。
そつと土にうめました
白い石! 帰りも一しよ
かへらうね

『少女画報』十五巻四号・大正十五年

停電(富山/美村百合子)

ぱつと電気がきへたのよ。

まつくらで恐しくつて
お火鉢の火と
お父様のお煙草の火と
赤くひかつてるの。

みんな黙つて
そればかり見てるのよ。

『少女画報』十五巻四号・大正十五年

私がもし学校の先生だったら、どちらも大きな花丸をつけてあげたい……特に1本目の、白い石を蹴りながら登校する女の子の詩は本当にかわいらしくてやさしくて、何度読んでもニッコリしてしまいます。こういう風に、ひとりの時間を空想でいくらでも楽しめるというのが、私の考える少女らしさのひとつでもあるのです(『Girl Stay Home』)。

違つて?(大阪/そのふ)

お轉婆(てんば)さん!つて
みんなが云ふの
いくらおとなしくしてゐても、

では本當のおとなしいつて
どんなのを云うのでせう──ね
そうだわ、そうだわ、
日本髪に結つて、長い袂をきて
じつとお縫物をしてゐることだわ
きつと、そうよ?──

『少女画報』十五巻四号・大正十五年

タイトルがいいですね、なんだかフレンチポップスのよう。本文にも、そんなコケティッシュな雰囲気があります。
そして、前の2本が本当に無邪気であどけないのに対して、こちらは自分の子供らしさというものに意識的な感じがするのが、味わい深いと思いました。おそらくは、それなりに年嵩の子で、大人の節目の手前で足踏みしたい気持ちがあるのかも。この、歌詞のようにきれいにまとめられた文章が、本当はもう幼くないことの何よりの表れのように思います。なんだか切ないけれど……。

ねがひ(唐津/一輪草)

「ね、お母様つてば
もう半分よ──」

「アラ! もう駄目よ、
その上 おなか こはしたらどうするの」

ひどい母様!!
私、母様になつたら、
もう一つでもあげるわ、──
ベツトの上から、
茶棚の眞赤な林檎への
ねがひ──。

『少女画報』十五巻四号・大正十五年

お菓子やで(むさしの/藤波優子)

お前何がいゝの? と
すてきなく大きな母の聲(こえ)
そつと、母さんてば…つて
いくら袂をひつぱつても
知らんかほ
店の人の顔いろと
往來を氣にしながら
ぽつ/\とほてる頬を
どうしやうもないあたし
十六の春にお菓子やで。

『少女画報』十五巻五号・大正十五年

こちらは、堂々と子供している女の子と、子供っぽさを恥ずかしがる女の子。並べて読むと、それぞれのかわいらしさがより際立っていとおしくなります。
『不思議の国のアリス』に、「人がカッカするのはこしょうのせいで、口すっぱくなるのはお酢のせい。子供がごきげんになるのは、甘いお砂糖のおかげ。これさえわかっていれば、大人はあんなにお菓子をけちけちしないのにね」とアリスがひとりごちる場面がありましたが、私がお母さんならもっとりんごをあげるのにと拗ねている女の子も、このアリスのようで可笑しくなりました。
一方、どのお菓子がいいのかお母さんに聞かれて頰を赤らめる女の子は、もう子供扱いされたくない十六歳。大人らしく振る舞いたいのに、そうさせてくれないもどかしさが手に取るように伝わります。
ちなみに、「すてきなく」という言い回しが気になって調べてみたのですが、「すてき」とはもともと、「程度がはなはだしい」といった意味の言葉だったのだそう。確かに、「とんでもなく」と言い換えてみると、文意がしっくりきます。

りんごの女の子も、もう少し歳がいけばお菓子屋さんで恥じらう乙女のようになるのでしょう。けれど、まあもう少しゆっくりしていらっしゃいと、「その頃」をとうに過ぎた大人は思います。
お菓子に屈託なく喜ぶような無邪気さを、少女ならまだ持っていてもいい。急いで捨てなくとも、いずれ雪のように消えてしまうのだから。


※引用についてのお願いです。


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