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ちょっと! 淋しいって!

僕が子供の頃、正月はまだまだ厳粛だった。

年末の大掃除は大がかりだったし、鏡餅や松飾りは一つひとつがいわれのあるものを組み合わせて手作りし鄭重に飾った。
父も母も元日だけは和装で、朝から琴が(カセットテープだけど)六段の調をつま弾いた(カセットテープだけど)。
三が日の食事は、裏白を敷いた高い脚つきの膳で雑煮とお節をつついた。
元日は厨房に入ってはいけないだったか包丁を持ってはいけないだったかを厳格に守り、風呂も元日には入れさせてもらえなかった。
遊びといえば、凧揚げ、こま回し、羽根つき、かるたなど、およそ正月にしか出番のないものが勢揃いしたものだ。

しかしそんな正月を過ごしたのはいつが最後だろう。

いまや年末の大掃除なんてしないし、鏡餅はプチサイズのプラスチック製。
和装は持っていないし、朝から流れているのはaoちゃんだ。
雑煮はあるが僕は餅が食べられなくなったし、お節めいたものは黒豆と田作り、数の子の身欠きくらいか。
元日からばんばん包丁を使うし、風呂に入らないなんて耐えられない。
遊びといえば、今年はカラオケ、野球盤、マリオカートだった。

時代の流れ、ということなんだろう。
きっと、小さい頃から日常とそう変わらない元日を迎えてきたうちの子供たちは、これがあたりまえだと思っているに違いない。

しきたりや慣わしといった言葉にはどこかネガティブな空気も感じるし、そんなもので子供たちの未来を縛りつける気はさらさらない。
でも、日本人が季節の節目を大切にし、脈々と受け継いできた精神や伝統まで捨てるのはちょっとやっぱり忍びない。

人生まだまだアップデートしていくつもりだが、来年の正月はもう少し正月らしく過ごしてみよう。

この年末、長男と娘はそれぞれ東京、京都から、まるで示し合わしたかのように同じ日に1時間差くらいで帰ってきた。
それから9日間、僕はほぼ仕事だったが、合間を縫って居酒屋で忘年会したり、カラオケや初詣、温泉に行ったりと子供たちとの時間を楽しんだ。

一昨日、最後の夜にお別れパーティーを開いた。
厚切りのでっかい肉を1枚焼いて5分割。

断面を上にしてみたら、厚みが強調されてリッチな気分に

ほかにアジのパスタ、神戸野菜のサラダ、須磨寺のベーカリー〈キムラヤ〉のバタール、チャヤマクロビのコーンポタージュを用意した。

遠いところ帰ってきてくれてありがとう。
楽しい9日間だったよ。
ビール、ハイボールで乾杯し、翌日の出立の無事を祈る。

ちょっと!
2人同時に出ていかんでもえぇやんか。
淋しいって!

(2024/1/7記)

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