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蛇にキス②

恐る恐る扉を開けてみた。薄暗い廊下が続いて、奥からぼんやりとした光と、何やら賑やかな音楽が漏れ出している。扉のわりに中は意外と広いらしい。
「へっぴり腰しとらんで早よ進みィや。怪しい店とかちゃうから。」
とんと背中を押されて恐る恐る歩き出した。どんどん光と音が近づいてくる。行ったことはないが、クラブのようなところのようだ。
突き当りを曲がると、そこには嘘みたいに人でにぎわっていた。
「いらっしゃ~い!」
入ってすぐに、化粧をした男から何やら赤い飲み物を渡された。
「迎え酒よ。××、よく来たわねぇ。」
上司と化粧男は親しい関係のようだ。僕にはよく分からない話で盛り上がりながら、そのまま二人で人ごみの中へ進みだした。
「ちょっ、××さん、置いて行かないでください。」
慌てて言うのも虚しく、そのまま見失ってしまった。

***

賑やかなダンスミュージック、一昔前を彷彿させるネオンの光、周りには僕なんか見えていないかのように楽しそうに踊る人々。
「何だよ、一人にして・・・。もう飲むしかないな。」
諦めて手元の迎え酒をグイっと飲んだ。随分強いお酒らしい。鼻をつんとアルコールのにおいが抜けて、周りの景色が回りだす。まずい。

その時、音楽が止んだ。あたりも暗くなって一瞬の静けさが訪れる。ぼんやりとした頭のまま、唯一スポットライトが照らされている真ん中のステージを見る。サーカスのような丸いステージ。一本のポールが立っていた。
「メリーゴーランドみたいだ。」
幼いころ行った遊園地のメリーゴーランドを思いだす。あの寂れた遊園地で、一番好きだった乗り物。
ふと気が付くとポールの横には一人の女性が立っていた。・・・真珠貝のように白い肌。スポットライトがあたってきらきらと煌めいている。十センチメートルはありそうな真っ赤なピンヒールで、片足を前にして凜と立っている。スパンコールのついた白い衣装。何を考えているのか捉えどころのない表情。伏し目がちにポールを見つめ、まつ毛が陰を落としている。顔にぱらりとかかる黒く艶のある短い髪。僕は思わず息をのんだ。
音楽が流れ始めた。彼女はそっと、細くて白い指でポールを握った。次に華奢な足を絡ませる。まるで蛇のようにしなやかにポールに絡みつく。まったく力を感じさせず、メリーゴーランドのように回る彼女。衣装がひらめき光を反射している。周りの音なんて聞こえなかった。僕と彼女の間には、静かに水が流れ出すような静寂があった。ただただ、美しいと思った。気づけば食い入るように見惚れていた。もっと、もっと、彼女に近づきたい。

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