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【n%フィクション#8】人生で1番長かったケンカの話(前編)

そして、高専5年の門出の今
ひとひらの意地が消える、長い、長い喧嘩だった。

〈プロローグ〉
規模や深刻性に違いはあれど、誰だっていつかは喧嘩する。
ある時は親と、ある時は友人と、ある時はパートナーと。
喧嘩はある種の対人トレーニングだ、喧嘩後の気まずさをどう対処するか。いかに自分の落ち度を客観的に評価し修正を試みるか。など大げさと言われようとも書いてみれば重要なポイントが結構出てくる。個人的には、"衝突なくして親密な関係は成り立ちにくい"、"一度喧嘩で崩れるくらいならそもそもで馬が合いにくい"とか思ってる。だから友達が少ないのかもしれない。
今でこそ、自分はだいぶマイルドになったものの、かつてはかなり気性が荒かった。それ故に口喧嘩から暴力沙汰まで色々な喧嘩をした。勝率で言うなら負け7の勝ち3くらいだろう、情けなし。そんな苦くも苦い喧嘩の追憶を辿っていくとある思い出がある。何と喧嘩の期間は約5年、自然消滅と思いきや、その予想は大きく覆ることになる。

〈1年・春〉
高専は1年。寮生活など、どうなるものかと憂いたものの、案ずるより産むが易し。まさかの同室が中学時分からの友人、それに始まり、向かい・斜向いの部屋で安定したコミュニティが生まれた。学科こそ違うものの、生活をする上ではさして重要ではない。しかし、そんな少数コミュニティのなかでもどこか馬の合わない奴がいた。ガタイの良い体格に穏やかな印象、だが性格はプライドが少し高く負けず嫌い、細かいところがあった。自分が雑で負けず嫌いなのも大きい。ある時は、ふとしたしりとりが3日間続いたことがあった。最終的に"む"で始まる単語を2回言ったか言ってないかの口喧嘩になり根性負けした。寮生活なんてこんなもの、そりゃ楽しいことばかりでない。そんな矢先のことだった。

「俺、びっちゃんには全部で勝ってると思うねんなあ」

確かこんなことを数度言われた気がする。おいおいどうせ絡むなら、もっと良い男にマウントとらんかい、そうは思うも自分のオブラートのような自尊心が苛立ちを覚えたのも事実である。こうなると自分はムキになる。だから最初のテスト期間、狭い部屋での勉強会。そやつが数学の解法を聞いてきた時、小さな意趣返しを試みた。

「全部で勝ってんならその問題も解けるでしょ、俺解けるし。」

小さい、改めて書くとホントに小さい。片やガタイ良く、片や高身長、なのにどちらも器はおちょこのごとく小さかった。当然ながら向こうはカンカンに怒った、ガラスが割れるんじゃないかという勢いで安普請のドアを叩き閉める、気まずさあれどその場はそこで終わった。だが決定的な亀裂は走った。案の定、その晩、ふとした皮切りで激しい口論になった。向こうは機関銃のごとく暴言を放つも、こちら生憎火縄銃。あまりにも暴言のレパートリーがなさすぎる、怒ってるのにここまで頭が回るの向こうはすごい。最終的に「ふーん」か「へぇー」をいかに相手を怒らせるように言うか、それくらいだった。もはや石投げか竹槍、圧倒的敗北である。同室に寝てた奴からすればテスト前夜の一方勝ち。こんなにも安眠妨害な喧嘩はなかっただろう。

喧嘩翌朝、このままでは終われない。ふつふつとはらわたが煮え始める。でも正面突破では、暴言でも暴力でも間違いなく返り討ち。レスバトルに強くなるべく、2chを始めようかと思ったがそれは面倒だ。せめて後腐れを残さず、なおかつ少しの報復を...。悩みに悩み、結果試みたのは、誘う機会を少しずつ減らす。緩やかだが確実な村八分である。今思うと汚いし最低に卑怯だ。これなら、殴り合いで両成敗のほうがマシかもしれない。まあ弁護するのなら、お互い引いては他友人が気まずさを感じる以上、別つのは最善策だ。何気ないことでストレスが溜まるのなら、最初から会わなければいい。

程なくしてこの愚策は成功し、夏手前、部屋替え頃には、向こうはすっかり別のコミュニティに所属し始めた。成功だ、とはいえ所属した部活は同じ、いくらか気まずさは残るが、ここらへんはもう仕方ない。消化不良や苛立ちこそ残るものの、爆発から始まった冷戦は、たった2ヶ月程度で片がついた。「あのタイプはおそらく一生あんな感じなんだろうなあ。」部屋替えで空になった部屋を見ながらつぶやく。相手からすればそっくりその言葉を返すだろう、憎たらしいほどこのうえないだろう。まあ、それもここまで、よもやこれまで、会いはするけどもう交わらない。

しかし、時間は存外雄大だ、思春期終えれど人は絶えず変化する。
生まれた亀裂は殻を割り、やがて成長していく
高専という長い、長い在学期間を経て。

〈後編に続く〉


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