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いざ!出陣!

子宮頸癌の再発で、S大の主治医に癌センターでのセカンドオピニオンを勧められた。専門医が私の体の状態に最適な治療法を提案してくれるかもと。
ちゃんと考えてくれているんだなと納得。決まっていた手術日を保留し、まな板の上の鯉気分をちょいと脇に置いて癌センターへ。
受付番号がなんと49番。
「子宮やんけ!」と、ひとりつっこんで笑ってしまう。偶然にもほどがある。

呼ばれるのを待ちながら、不思議な気持ちになった。ここにぞろぞろいる人達はみんな癌なんだよな。今は癌イコール死ではないけれど、みんなそれぞれの想いを抱き、いろいろな可能性を求めてここにいる。すがる想いでいる人もいるだろう。
命を繋げるために。
命を預けられる医師に出会うために。

呼ばれて診察室に入ると「ひとりですか?」
年配の医師が驚いた顔をした。
「ひとりのほうが気が楽なので」
瞬きをして大きく頷いた後、S大からのデータを見ながら難しい顔で医師は言った。
「かなり質が悪いもので、場所も悪いし、難病あるなし関係なく大変な手術になりますね」
そして続けた。
「申し訳ないけど僕に言えることはないし、とても難しい手術で二の足を踏む感じですね」
こんなことを聞くために二万二千円も払うのかと思ったけれど、その正直すぎる言葉に私の覚悟は決まった。
一生懸命考えてくれているS大の先生に任せよう。
どんなリスクがあろうとあとは運。
「転移がない今なんですよ。難しくてもほっとくわけにはいかないし、できるだけ体に負担のかからない方法をみんなで考えてますから」
命を預けられる先生に出会えたと確信した。

手術日が3月1日に決まり、その二日前に入院することになった。
入院するまでの半月。やらなければならないこととやりたいことを着々とこなした。
姉と実家のお墓参りに行き、夫と義父母のお墓参りに行った。母の通うディサービスの連絡帳に必要事項を書き込み、ケアマネさんにも連絡。母に必要な物を多めに買い込んで置いてくる。
少し暖かくなってきたので、夫が水やりをしやすいように、屋上のプランターファームのゴミ袋で作ったビニールハウスを全部外した。
暫くはオジサンが面倒みてくれるからねと、声をかける。ふふ。

プランターファームの一部

なかなか会えなかった心を許せる友人と会い、楽しい時間を過ごした。
そして入院前夜は夫と焼き肉デート❤️👫❤️
ワインで乾杯して「退院したらまた焼き肉ね」。

入院の日。午後からの入院なので午前中は夫のための惣菜作り🍳🔪🎽。煮物やら炒め物やらなんやら思い付くままにタッパを埋めてゆく。
料理はできる人だけれど、仕事で疲れて帰ってきてひとりで準備をすると思うと切なくなってしまう。
できるだけ負担を少なくしてあげたいと、入院する時はいつも冷蔵庫をタッパで満杯にしてゆく。
冷凍庫には早めに作り置きしておいた各種おにぎりと炒飯や炊き込みご飯。チンして食べる姿を想像しながら、時々お弁当を届けている近所のオバサンのぶんも詰める。

オバサンにお弁当を届けて病院へ。
入院の説明時は付き添いと面会が完全シャットアウトだったけれど、少し緩んで身内のみ15分程度できるようになっていたので、夫が病室まで荷物を持って一緒に来てくれた。
「手術の時、ほんとに来なくていいの?」
仕事もあるし、5時間から6時間の予定だと聞いていたので、待つのも大変だから来なくていいと言ってあった。
「終わったら先生に電話してと頼んであるから、家でのんびりしてて」
前回は2時間の予定が4時間かかり、院内で待機していた夫は疲れた顔をしていた。
「わかった」
ハグしたいところだったけれど、握手をして病室の入り口で手を振った。暫しの別れ。
夫の背中を見送り、数日間私の部屋になる空間を見つめる。

T先生とK先生とA先生が代わる代わる顔を出してくれる。みんな可愛らしい女医さん。3人でタッグを組んで「頑張りますよ」と心強い。
前回同様、看護師さんがオヘソの掃除にくる。
母と繋がっていた場所なんだと改めて思う。
また命を繋ぐ役目を果たしてくれるのね。
母の顔が浮かび、鼻の奥がつんと痛くなった。
今年89歳になる母。元気に一人暮らしをしているけれど、いつ何があってもおかしくない。
声が聞きたくなって電話をした。
「あんたなんで来ないの?どこにいるの?」
オヘソをそっと押さえ、病院だと説明する。
「入院してるの?」
何回も言ってあったのだけれど、母の脳ミソからはスッポリ抜け落ちてしまったらしい。
おかあさ~ん。
手術のことは言ってないので、検査で病室を出られないから暫く電話できないと伝えた。
「わかった。電話もしないよ。退院したら来てね」
「電話できるようになったらするからね」
「うん。待ってるよ」
明日には忘れちゃうかな。苦笑しながらオヘソをそっと押さえた。デイルームの窓から夕焼けに抱かれた富士山が見えた。

手術当日。不思議なくらい不安も心配も感じなかった。平常心というよりも穏やかなきもち。
手術という名のつくものは7回目だけれど、今までとは何かが違った。
手術室への待機場所で、父や義父母の顔が浮かんだ。そして難病発症以来お世話になり、相次いで亡くなられた2人のK先生の顔も。
大丈夫。私は守られている。

そしていよいよ、まな板の上。ではなく手術台へ。
いざ!出陣!

麻酔医に深呼吸を促され、いい夢みさせて下さいねと心の中で呟く。
ゆっくりと目を閉じ、夫を想いながら深く息を吸いこんだ。




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