彼女の親と会いたくないので必死に言い訳を考えています ラブコメ小説

 高校からの帰り道、僕、置田刻智おきたときさとは二学年下で彼女の築山希茶奈ちくやまきさなさんと一緒に下校している。

 雲の天井により太陽からの光の大半は殆ど遮られている。僅かに空いた天井の穴から何筋かの光が降り注いでいた。だが微かな光も太陽が沈むかけたことで失われつつあり、灰色の空間はほんのりと黒に転化しつつあった。

「お腹空いたからファミレスでもいかない?」

 僕は腹に手を当て腹が空いた演技をして隣を歩く希茶奈さんに頼み込む。もう十八時回っていることもあり空腹なのは事実だがまだ我慢できる。ただ今はこの後の約束から逃げたくて必死である。

「わたしは空いてないですけど。てか今からファミレス行ったら約束の時間に間に合わないですよ」

 希茶奈さんは目を細め鋭い眼差しで僕の顔を覗き込む。水色の瞳を持つ希茶奈さんは折り襟の白いシャツに丈が膝までの紺のスカートに身を纏っている。背は僕よりも低いが女子としては平均並だ。髪色は黒で後頭部の下側で後ろ髪を一つに集めて塊を作られている。

 ここは説得力のある言い訳を練らなければ。だが頭が上手く機能しない。

「フライドポテトがどうしても食いたいんだ。約束は後でもいい」

 言い訳を言い終えた後、口から大気中に「あっ」と漏れた。何だこの稚拙な言い訳わ。それどころか本音が含まれていた。僕が顔を引きずる一方で希茶奈さんは微笑んでいた。

「フライドポテトが食べたいならわたしの実家に寄った後にいくらでもおごってあげますよ」

 僕は首を何度も横に振り続ける。おかげで首が痛い。悪いが希茶奈さんの実家には絶対に寄りたくない。ファミレスの言い訳が通用しないのは理解したがここで諦めたくはない。

「そのフライドポテト以外にも肉とか食いたからファミレス寄ろ?」

 音が鳴るほど両手を前で合わせて僕はもう一度頼み込む。僕の視界に写る希茶奈さんの顔からは柔らかさが失われていく。

「そんなにわたしの両親に会いたくない?」

 希茶奈さんからの問に僕は率直に本音を告げる。

「あれだけ猛反対食らったら希茶奈さんの家の前すら通りづらいよ」

「留学の件でまさか交際に反対されるとは流石に想定外でしたからね」

 希茶奈さんは目を閉じると顔全体が強張る。はっきり言って僕は希茶奈さんのご両親に嫌われている。以前に一度だけ希茶奈さんの実家で希茶奈さんのご両親に対面したことがあった。最初の方は好意的に対応してくれていた。だが僕が卒業後に海外の大学に留学を希望していると伝えると態度が一変した。

「留学の件を口にする前のご両親の印象もかなり良かったからね」

 暖かく接してくれたご両親の記憶が名残惜しくて思わず苦笑いしてしまう。

「海外でも電話とかでいくらでも話しできるのに」

 希茶奈さんはご両親への不満を口にする。

「ご両親としては直接会う時間がないから恋人としての関係が乏しくなるのが心配だったと思うよ」

 長期休みには戻ってくるが基本的に直接会えない。ご両親が反対する気持ちは僕には理解はできる。もちろん交際に反対されたことは悲しいが。

「わたしなら百年間遠距離恋愛でも浮気しない自信しかないよ」

 希茶奈さんは自信満々に言うが百年も遠距離恋愛する自信は僕にはない。

「百年は僕の方が持たないかな」

「えっまさか海外に留学したら浮気するつもりだったんですか? 刻智くん見損ないました」

 僕が感想を語ると希茶奈さんは声量を大きめに僕を責めてくる。だがその表情にはほんの少しだけ笑みが滲み出ていた。

「留学してもお正月とかにはこっちには帰ってくるし、それに浮気なんてしないよ。というか、からかうのは止めてよ」

 浮気はしない。それだけは絶対だ。

「すみません刻智くん。けどその言葉聞けて安心しました。海外だと希茶奈さんが何をしているか全く分からないのでいつの間にか他の女の人と親しくなると思うとほんの少しだけ不安だったので」

 頭を下げ希茶奈さんは謝ってくる。ほんの少しとはいえ彼氏が遠く行けば浮気の心配をするのも当然か。それより主導権を僕が握った今なら希茶奈さんが今なら頼みを受け入れてくれるかも。その発想が浮かんできた僕はできる限り優しい声で希茶奈さんに話を持ちかける。

「なら良かった。それと希茶奈さんお願い聞いてくれない?」

「今日はわたしの実家でご飯食べたいからフライドポテトを作って欲しいんですか?」

 白い歯を浮かべながら力のこもった瞳で僕を見る希茶奈さんに怯んでしまう。今日の希茶奈さんを突破できる気がしない。項垂れた僕は切実な想いを独り言のように吐いた。

「このまま僕の家に帰る許可をください」

「わたしの家に寄ってからならいいですよ」

 僕の想いはあえなく却下される。悪あがきだったが無意味だった。僕は背を伸ばすと頭をかきながら嘆く。

「どうしても認めてくれないのか」

 希茶奈さんの歩く速度が少し遅くなる。僕もそれに気づき速度を合わせる。すると希茶奈さんの瞳が僕の顔を見据えると訴えかけてきた。

「だって今両親を説得しておかないと刻智くんが留学した後別れさせられますよ。刻智くんはそれでもいいですか?」

「それは無理です」

 口から出た言葉は紛れもなく本心だった。希茶奈さんとの関係が終わるのは避けたい。だけどこの状況を回避できる策などあるのか。

「なら今日で決着つけてましょう」

 希茶奈さんは明瞭な発音で言った。ここは「任せておいて」などの心強い台詞を豪語するのが最適だと理解している。けど「そうかもね」という頼りのない言葉だけが僕の喉を通ってしまう。

「刻智くんはテストで当たり前のように九十点取るぐらいすごい人ですから自信持ってください」

 希茶奈さんは僕を励まそうと言葉をかけてくれる。上瞼は引き上がり目の周囲の皮膚は張る。そして希茶奈さんの瞳が大きく見えた。

「留学したいから勉強に力入れてたしな」

 留学はずっと夢だった。がむしゃらに勉強をして常に好成績を維持してきた。なのにその夢が自分を苦しめている現実を僕は認められなかった。

「それにいつも真面目でわたしは尊敬してますよ」

 希茶奈さんは更に僕をおだててくる

「それだけ褒めてくれると少しは元気湧いたかな」

「なら良かったです」

 希茶奈さんのおかげで心は癒やされた。だからといってご両親を説得する勇気が生まれたわけではない。

「だけどそんな長所ご両親の前では全て弾き返されるよ」

「だったら両親が刻智くんを見習うぐらい頑張って話し合ってください」

 僕の弱音に希茶奈さんは語気を荒げると頬を膨らませて睨んでくる。怒られたことに気持ちは消沈するが発言を撤回する余裕もない。

「悪いけどそんな勇気は一滴もないよ」

「ちょっとだけ冗談抜きで刻智くんのことに失望しました」

 希茶奈さんは顔を横に背ける。膨らんだ希茶奈さんの頬に目を当てながら気弱な弁明をする。

「そう言われてもあのご両親の前では無理があるよ」

 希茶奈さんの顔が再び僕に向く。窄んだ目の表情には切なさが染み込んでいた。

「けど先送りには出来ませんよ。わたしはいつか両親や刻智くんが一緒にわたしの手料理を食べて貰いたんです」

「希茶奈さんは料理好きだよね」

「だから調理部に入ったんですよ。料理作るって楽しいですから」

 希茶奈さんの顔にほんの少しだけ笑みが戻ったような気がする。希茶奈さんとは調理部に所属する友人を介して知り合った。帰宅部の僕にとって希茶奈さんの部活動の話は新鮮味に溢れていて聞いていて飽きることはなかった。

「いつも調理部で作ってくれた料理分けてくれてありがとうね」

 感謝を伝えると希茶奈さんの顔はあっという間に解れていき高音の声色が口から外へと出る。その声は宙を跳ねまくっていた。

「刻智くんには食べてもらいたいですから。その分いつも力入れすぎてますけど」

「それと昨日くれたあの料理は美味しかったな」

 昨日希茶奈さんから分けてもらった料理を思い出すと舌に味がいとも簡単に蘇る。あれは絶品だった。

「そうですか? あれは自分でレシピ考えたんで感想気になってたんですよ」

「今までに食べたことない味で今まで一番だったと思うよ。それに希茶奈さんの料理食べると幸せな気分になれるからね」

 この言葉はお世辞ではない。何なら今すぐにでも食べたい。希茶奈さんの口元は緩みきっており、希茶奈さんは恥ずかしそうに右人差し指の爪で右の頬をかいていた。

「なんか照れますね」

「けど僕は事実を言ってだけだからね」

「あれが嘘だったらしばらく刻智くんと口聞きませんからね」

 笑みを浮かべたままの希茶奈さんは意地悪そうに言ってくる。

「それはないから安心して」

 僕は自信満々に自分の胸を右拳で叩く。

「分かってますよ」

「けど希茶奈さんと話せなくなったら授業内容頭に入らないよ」

 僕は顔を渋めながら想像もしたくない可能性を語る。僕はそのまま前に進んでいると横から希茶奈さんの姿が消える。

「刻智くん、ちょっと止まってもらっていいですか」

 後方から声が聞こえる。その声は普段よりも低音で声自体が震えていた。僕は体ごと後ろを向く。二人の距離は二メートルほど離れている。希茶奈さんはスカートの前で両手を握りしめ小刻みに呼吸を繰り返していた。

「ご両親への作戦会議でもするの?」

 僕が言葉を返す。希茶奈さんの喉からつばを飲み込む音と共に喉が小さく波打つ。希茶奈さんの目が見開くと僕は口を結び希茶奈さんの顔に視線を集中させる。

「両親、手強いですからね。だけどそうじゃありません。刻智くん、好きです」

 好き。その言葉が告げられたとき顔は向きは固定されたまま僕の目は何度も瞬きを繰り返す。好きって最後に言われたのいつだっけ。とにかく返事をしなければ。僕は舌や口を動かそうとするが中々動かない。気づけば体内がこそばゆくなっていた。僕は何とか息を吸い込み体を落ち着かせるとようやく口から声が出せた。

「急にどうしたの」

「照れてます?」

 希茶奈さんは得意顔で僕に聞いてくるが若干僕と視線が合わない。やっぱり希茶奈さんも好きというのは恥ずかしかったようだ。

「照れるというか驚いたというか。『好き』なんて普段聞かないし僕からもあまり言うことないし」

 僕がそう言うと希茶奈さんと視線が重なる。僕の目の先にある上瞼は瞳がよく見えるように釣り上がる。

「だから少し勇気が入りました。けどわたしにとって刻智くんは自慢の彼氏です。そして好きという気持ちをもう一度はっきりさせてかったからあえて想いを今伝えました」

 発言の真相を教えられた僕は目を瞑り自分の心臓のある位置に手を当てる。心臓の鼓動が手を介して伝わってくる。そして鼓動と共に伝えたい一言も頭から喉に流れ込んでいた。

「僕も好きだよ」

 想いを告げた瞬間、希茶奈さんは俯きポニーテールが揺れる。頬は横に出っ張るほど緩んでいた。

「やっぱり好きって言われると照れるし嬉しいですね。そしてね刻智くん、わたしはそんな大好きな刻智くんのことの両親に認めてほしいです」

「反対されたときは物凄いショックだった。このままだといつか好きな人と別れるのではないかと思った」

 僕はズボンの右脚部分の太もも辺りを手に痛みを覚えるほど握りしめた。希茶奈さんを失いたくない。それが僕の紛れもない本音だった。

「刻智くん」

「だけど諦めたら駄目だね。僕、めげずにご両親と話し合うよ」

 顔を上げた希茶奈さんに僕はズボンから手を離すと喉に力を入れ宣言する。

「わたしも手伝いますから絶対に認めてもらいましょう」

 笑みを作った希茶奈さんは僕の方に数歩を歩く。そして背中を前に傾ける。僕の顔の間近に希茶奈さんの笑顔が間近に寄ってくる。好きな人の顔が近いづいたことで僕の心臓は高鳴っていた。

「気合い入れないとね」

 僕は希茶奈さんの目をしっかりと見据えながら言った。

「刻智くんまだ勇気足りないと思うんでわたしの勇気送るんで手を握ってもいいですか」

 希茶奈さんは背中は縦一直線に戻すと僕に手を差し伸べる。

「勇気もらえるなら説得どころかご両親とも打ち解ける自信が出てきたよ」

 僕は手全体を包むように手を握る。

「失敗したら明日も家に来てもらいますからね」

 僕たちは横一列に並ぶと歩き始める。希茶奈さんの指が僕の指の間に絡まる。指の間から伝わる感触に温もりがあり、僕の心も自然と落ち着いていく。

「毎日来てたら嫌でもご両親認めてくれそうだね」

 あのご両親でも僕の顔を毎日見たらいつかは認めてくれそうな気がする。

「もう家に住みます?」

「それは勘弁で」

 僕は希茶奈さんの冗談な誘いを苦い笑いしながら断る。けど日本に帰ってきたら希茶奈さんと同棲したい。

「着きましたね」

 希茶奈さんの家の前に辿り着く。若干緊張しているが僕の手に握られている手が勇気を運んでくれる。

「僕が開けてもいい?」

 僕は希茶奈さんに問う。覚悟を示す意味でも自分で開けたかった。

「いいですよ」

 希茶奈さんは静かな声で許可をくれた。

「なら開けるよ」

 僕は取っ手を握ると大きく深呼吸をする。そして取っ手を引いた。

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