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「AIが人類を支配する前に、人間が自ら望んでbotのような存在に成り下がってしまっていること」がより問題なのと、その解決策についての仮説

(本題の前にお知らせ)
いきなりですが人生で初めて小説を出しました。題して『チーム・オルタナティブの冒険』。地方都市を舞台にした高校生たちの物語です。批評家として考えてきたことを実作のかたちで……というのももちろんあるのですが、単純に自分が読んで面白いと思えるものを目指しました。たぶん、読むと色々驚くと思うので良かったら手に取ってください。

一作日、NewsPicksのイベント「START UP EVERYTIME」に登壇してきた。僕が出たのは「希望のための、AIディストピア妄想談義」というセッションで、平野啓一郎さん、山田尚史氏、山崎はずむさん、長谷川愛さんというメンバーで、AIの急速な発展が人類社会に与える負の影響について、というテーマで議論をしてきた。

平野さん以外に面識はなかったのだけど、楽しく話すことができた(遅刻してごめんなさい……)。今日は、このセッションから二晩ほど明けて考えたことをまとめてみたい。

例によって結論を先に書いてしまうと、僕はこの問題設定自体がかなりの擬似問題に近いものだと考えている。

もっと言ってしまえば漠然としたイメージに基づいて「AIの脅威」を語るよりも、もっとその手前で人間が自発的にbotのように単純で類型的な思考に、それも自ら望んでなってしまっていることのほうが問題だというのが僕の考えだ。

そして、更に言ってしまえば人間がbot化してしまうのは、人間が「分人」的に振る舞うことによってむしろそのパーソナリティが画一化してしまうジレンマに陥っているからだと僕は考えている。

以下、その理由を書いていこう。

当日も壇上で話題になったのだけれどAIディストピア論は、これらを語る人々が敵視する「AIユートピア論」とまったく同じように、表面的なイメージばかりが先行してあまり現実に即したものになっていない。

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1,357字
僕はもはやFacebookやTwitterは意見を表明する場所としては相応しくないと考えています。日々考えていることを、半分だけ閉じたこうした場所で発信していけたらと思っています。

宇野常寛がこっそりはじめたひとりマガジン。社会時評と文化批評、あと個人的に日々のことを綴ったエッセイを書いていきます。いま書いている本の草…

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