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『成瀬は天下を取りにいく』は手始めに2024年本屋大賞を取った(感想文)

※後半では多少中身に触れるのでネタばれがあります。

・成瀬は大賞を取った

2024年『本屋大賞』受賞作は、宮島未奈氏の『成瀬は天下を取りにいく』となった。順当だ。いや、厳密には順当と呼ぶ資格は自分にはなかった。読んでなかったからだ。

しかし、書店に行けば、いやでも最近の『成瀬~』の勢いはわかる。個人経営の書店は知らないが、そこそこのサイズの本屋で「成瀬シリーズ」が店頭に積まれていないことはない。年明けに続編にあたる『成瀬は信じた道をいく』が発売されたこともあって、書店が今売らんとしている本であることが、ひとめでわかるような状態が結構長く続いている。

2023年3月の発売以来、『成瀬~』は約1年で発行部数16万部を突破。新潮社は、今回の本屋大賞受賞を受けて25万部の増刷を発表しており、売る気満々だ。つまり、それだけ自信があるという事だろう。

現代を舞台にした青春ものということで、映像化等もしやすそうだ。ビジネス文脈でとても美味しそうに見えるというのもあるかも知れない。しかし、それも内容あってのことだ。

果たしてどういう作品なのか。

前から気になっていて、隙あらば読もうと思っていたのもあって、早速購入して読むことにした。多少ミーハーなのは認める。

・作品の概要

作品は、マイペースで我が道を突き進む、なぜか郷土愛あふれるとびきり優秀な女子中学生(登場時)「成瀬あかり」を主人公とした、滋賀県大津市を舞台とする青春小説である。

「天下を取りにいく」と題されるとおり、「成瀬」はスケール大きめな(時に奇抜な)目標を立て、果敢にトライし、そしてちょいちょい失敗する。『成瀬は天下を取りにいく』はそんな成瀬の青春の日々を、ほぼ唯一の友人である「島崎」をはじめとする登場人物の視点で描いた「成瀬シリーズ」の短編集となっている。

だいたい2~3時間あれば読めて、なんか深刻な気持ちになったりとかはあんまりしない安心な作品だと思ってもらって良い。

収録作品は以下のとおり。(ウィキペディアより)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%90%E7%80%AC%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA

2021年5月初出の短編小説である、『ありがとう西部大津店』が「第20回女による女のためのR-18文学賞」の大賞、読者賞、友近賞をトリプル受賞したことが、「成瀬の天下取り」のはじまりとなった。

『成瀬は天下を取りにいく』の魅力を考えるうえで、「成瀬シリーズ」には続編があり、何なら今後も続くかも知れないという点は考えておく必要があるように思う。青春ものは、年月を経過させて、登場人物を成長させることができる。その味付け次第で、作品は良くも悪くもなるだろう。今回は、『成瀬は天下を取りにいく』という書籍の魅力を考えるために、敢えて続編の『成瀬は信じた道をいく』は読まずにこれを書いている。早く続きが読みたい。

初出を見ればわかるとおり、『ありがとう西部大津店』が書かれてから、外伝である『階段は走らない』まで1年。その後1年弱の間に書下ろしの4本が書かれている。

物語では、成瀬の奇抜な行動がいくつか描かれる。文武に秀でた奇抜系主人公として、涼宮ハルヒを連想するミドルも多いかも知れないが、成瀬は涼宮ハルヒのような傍若無人(だが気遣いもできる)タイプではない。飄々とつかみどころの無いキャラクターで、どちらかというと、生真面目なピュア系主人公に分類できるだろう。恋愛ストーリーではないので断定はできないが、少なくとも今のところツンデレでもない。

本作のレビューや「帯」の文言を見ていると、なんか破天荒な主人公が切った張ったと大活躍し、腐った大人の鼻をあかすような、スカッとした読み物なのではないかと思う人もいるかもしれないが、結論からいうとぜんぜん違うお話だ。

ここではまず、最初に書かれた『ありがとう西部大津店』に注目して、まずその話から始めたい。


※ 再度のご案内になりますが普通にネタバレになると思うので、未読の人はご用心頂ければ幸いです。


・コロナ禍の青春と青春の孤独

作中の舞台は2020年の夏。新型コロナウイルス感染症の感染者が当時の過去最高を記録せんとしていたころだ。本来だったら、オリンピックが開催されていたはずの夏。一斉休校の遅れを取り戻すために夏休みは短縮され、部活動その他のイベントは縮小、高齢者に会うこともはばかられた。そんな閉塞感のある時代を、若者はどう過ごすのか。

もうだんだん忘れかけているが、2020年の夏時点ではまだまだ先行きもわからず、多くの人が不安を感じている時期だった。ワクチンもまだない。人々の中には強い孤独感を感じている人もいた。『ありがとう西部大津店』はそんな記憶も新しい2021年の作品だ。そうした時代背景のことを少し思い出しながら読むといいのではないかと思う。

そんなころ、大津では地元で愛された西武百貨店が44年の歴史に幕を下ろそうとしていた。物語は、そんな色々さびしい時期に成瀬あかりが始めた、ローカル局で毎日行われている西部大津店からの生中継に映りこみ続ける、という奇妙な挑戦から始まる。

成瀬あかりは、幼少期よりそつなく物事をこなせるタイプであり、いわゆる成績のようなものでいうと、とびぬけたタイプ。大きな問題があるわけではないものの、性格は少々生真面目過ぎるきらいがあり、意図せずしてクラスで浮いてしまうようなタイプだ。それは周囲から見ると、日常の些事に我関せずを貫く、強い人間に見えるかも知れない。成瀬あかりに対しても、一定程度それは当てはまる。

成瀬あかりには友人と呼べる人が島崎みゆきしかいない。成瀬はライオンズのユニフォームという目立つ格好で毎日TVに映り続けるが、学校でそのことに触れるものはいない。なんならTVの中継班にも無視される。成瀬は孤独だ。まるでコロナ禍のアクリルパネルがそこにあるかのように、姿は見えはすれど、成瀬に触れようとするものはほとんどいない。成瀬は自分の孤独をどう思っているのか。それは描かれない。

とにかく、成瀬は挑戦を続ける。辛気臭くならない。親友島崎が来れない時も淡々と取り組みを続けているが、参加すると聞くと少し嬉しそうにする。

毎日テレビに映っているわけだから、当然ナゾのライオンズ女子として成瀬は少しだけ認知されはじめる。取り組みも後半となったある日、成瀬は幼子から「ライオンズ女子」を描いた「ファンアート」を受け取る。すると、いつも淡々飄々と描かれる成瀬が、この時ばかりは涙ぐみ、こんなこともあるのかと感じ入る。

結局、取り組みを通じて、成瀬は西武大津店を愛する見知らぬ人たちから野球帽をもらい、リストバンドをもらい、ぬいぐるみをもらい、新聞に載った。天下を取りにいく(?)歩みの中で、学校のような狭い世界では島崎以外誰にも理解されなかった成瀬を応援する人々が現れだしたのだ。成瀬は島崎が期待したほどではなかったが、西部大津店とともに地元の人々の記憶に残った。

・ローカルと天下

我々一般人は成瀬のような天下人ではないため、成瀬のように極端な立場に置かれることはあまりない。しかし、思春期のころに、どこか居場所のない思いを抱いたり、自分はみんなとは違う、みたいな気持ちになったりという事は、多少なりともあることだろう。特に、学校のクラスのような狭くて属性の幅が限られるコミュニティにおいて、自分が異質であるような気がして悩んだり、分かり合える仲間が見つからないように思ったりという事はよくある。それは、かつてTHE BLUE HEARTSが歌ったような、変わらない青春の風景だ。

成瀬に大人がアドバイスをするとしたら、広い世界に出て行って、自分と通じ合える人を探そう、みたいなことを言うだろう。ちょっと変わった人とみなされていた自分が、世界に出てみれば、普通に受け入れられた、みたいな話は巷にあふれている。

小学校中学校とあまり誰にも相手にされなかった成瀬も、高校へ進学し、地域のコミュニティ活動に参加し、徐々に周りの人々に受け入れられていく。成瀬が(葛藤があったかどうかもわからないが)マイウェイを行きながら、世界を広げていく様には勇気づけられる。

そして、本書の最終話、大学進学を控えた成瀬あかり高3の夏。成瀬が、東大にも行けそうな成績なのに、家から近いという理由で京大を選択したことが明らかになる。大津市は決して過疎の田舎ではない。確かにSEIBUは不採算でなくなったかもしれないが、なんなら近畿では人口が多少なりとも増えているという時点でそうとう健闘しているほうだ。しかし、天下に近い場所とは言えないだろう。

そう、『成瀬~』の興味深いところは、成瀬あかりを郷土愛強め(かなり)のキャラクターと設定しているところだ。『天下を取りにいく』と題されていながら、おそらく地元を出ない。滋賀県大津市というローカルな場所で、狭い世界で評価されなかった成瀬が、いかに「天下」を取りにいくのか。「天下」とは何なのか。今後の展開が楽しみなところである。きっとたぶん、天下と膳所(ぜぜ)はつながっているのだ、四畳半と宇宙のように。

・終わりに

ともかく、『成瀬~』は、傷ついたり、悩んだりといったことが避けられない青春ものでありながら、重たくなく、ポジティブに読める。そして、ちゃんと味わいもある。良い作品だ。

『スキップとローファー』等の作品にも言えるが、等身大であり、しなやかに強い主人公が昨今では心地よい。成瀬もきっと多くの読者を勇気づけてくれることだろう。

さあ、ではそろそろ『成瀬は信じた道をいく』を読むとしよう。無駄に我慢して感想など書いている場合ではないのだ。

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