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竜宮城 担当:かわかみなおこ

しりとり手帖、第2回を担当しますかわかみなおこです。
普段は趣味でZINEを作ったり絵を描いたり文字を書いたりしてます。

しりとり>リカバリ>竜宮城(りゅうぐうじょう)

と言うことで、竜宮城へ行きたい、女の子のおはなし。



 夏の砂浜は焼けるように熱く、靴を履いていないと波の届くところまでは歩けない。しっとりとした波打ち際まできたところで、凪はビーチサンダルを脱いだ。
 濡れた砂と乾いた砂のちょうど境目辺りにサンダルを綺麗に揃え、あとは裸足で海へと進んでいく。足の裏に濡れた砂がぺたぺたと吸い付き、進むほどに波の触れる量が増えていく。
 脛の半分が沈む深さになったところで、ため息をつきながら立ち止まった。

「どうして今日に限って」

 凪は、小さくつぶやいて空を見上げる。
 海は波が穏やかで、空はパキッと晴れ上がっている。空の青はいつもより濃くて現実味を奪う。紛れもなく絵の具の「そらいろ」だ。
 今日のためにおろした真っ白なワンピースが、絵のようなこの世界を完璧にしているようだ。そんなところも、凪の眉間の皺を深くした。

 ここはプライベートビーチならぬ、立ち入り禁止の小さな砂浜。私有地なのか、砂浜へと降りる階段の前には黄色のテープが通せんぼをしていたのをくぐりぬけやってきた。小さな頃からこの場所のことは知っていて、小学校の先生からも危ないから入らないようにと注意をされるような場所だった。確か子どもが波にさらわれたことがあるとか、そんな話をされた記憶がぼんやりとあった。凪はおしまいにする場所を探したときに、ちょうど良いと思った。

 どのくらい経ったであろうか、ワンピースの裾の辺りは波でゆらゆらと遊んでいる。凪は炎天下の中で空と海の青さをずっと眺めていた。ざーん、ざーんという音を聞きながら、そらいろの向こうの宇宙のことと、海の底の竜宮城のことを夢想していた。額には汗が滲み、ワンピースから伸びる二の腕はジリジリと焼けついて赤くなり始めていた。それでも身体を動かせず、ただ棒立ちをして空と海とを眺めた。遠くの方に、船がいったりきたりしていた。

 「おおーい」

 どこからか呼ばれる声がした。最初は幻聴かと思いぼんやりとしていたが、3回くらい呼ばれたところで凪はハッと我に返る。見回りの人だろうか、砂浜のほうに1人の男が手を振っているのが見えた。何食わぬ顔で砂浜に戻って立ち去るべきか、このまま勢いで沖合に向かうべきか、凪は逡巡したが足を沖の方へと向けた。海水を吸いはじめたワンピースは波にもまれて体にまとわりつく。存外すぐ深くなってらあっという間に顎のあたりに海水がせまった。
 海水が口に入り、舌に塩味が刺さる。いやでもぼんやりとした頭が冴えてしまう。

「波に無理矢理にさらわれて、竜宮城に、行きたかっただけなのに」

 胸の辺りのざわつきと、動きづらいもどかしさ。凪は、あまりに綺麗な空のせいにして、ただ決められなかっただけだと気づいていた。それでも意地になって海の中でもがいた。顔を濡らすのは海水か、汗か涙か。

 凪の足元はさらにぐんと深くなった。とうとう頭まで海に浸かったところで、ぐい、と強い力で掴まれる。脇の下に腕を差し込まれ、軽々と引きずられた。そのままあれよあれよと、ざぶざぶざぶ砂浜の方へと引き戻されていった。

「ここは急に深くなるから立ち入り禁止にしてるんだ。まったく、たまにこういう子がいるから困るんだよ」

 凪を砂浜まで運んだ男は50歳過ぎくらいだろうか、よく日に焼けた肌をしていた。近所に住んでおり、時たまこの立ち入り禁止の砂浜の見回りをしていると言った。

「どういうつもりだったかは聞かないけども、俺もこれが義務なんで許してくれよ」

 男の声をうわの空で聞き流しながら、凪は自分の姿を見直す。びしゃびしゃに濡れて砂だらけになってしまったワンピース。まだ艶のある白い肌も、砂がこびりついており、髪の毛もギシギシでこちらも砂まみれになっていた。砂浜と車道をつなぐ階段の辺りに腰掛ける。男は階段をかけのぼり、タオルを持ってすぐ降りてきた。

「日に焼けるのが嫌じゃなければ、そこにいればすぐに乾いて砂も払える。もう少し乾いたら家まで送っていってやるから」

 渡されたバスタオルを被り、こくり、と凪は頷いた。

「いやあそれにしても今日は珍しい、真っ昼間にこんなに海が静かで。海が荒れてたらお姉ちゃんのこと引き戻すのもこんな簡単にはいかなかったろうな」

 男は隣で煙草に火をつけ、水平線を眺めた。

「朝凪、夕凪とはいったもんだけど、昼凪とはなあ」

『凪』、という言葉に凪は反応する。

「私のせいなのかな」

消え入りそうな声で凪がこぼすと、「なんで」と男は首を傾げた。

「私の名前、凪っていうから」

それを聞くと、男はキョトンとした後、ガハハ、と笑った。

「じゃあ、海はさらってはくれねえかもなあ」

「竜宮城に、行きたかったのよ。浦島太郎になりたいわけじゃないけれど、きれいな魚になりたかった」

 頭から被ったタオルの端を、ぎゅっと握りしめる。

「お姉ちゃんは、本当にメルヘンだねえ。そしたら行くかね、竜宮城」

 唐突な提案に今度は凪が目をぱちくりさせて男を見上げると、煙草を携帯灰皿におさめているところだった。

「忘れてただろう。竜宮城に行くにはねえ、亀が案内しないといけねえんだよ」

 半乾きの凪を手招きして、男は車道へと出る。階段の登った先に駐車されていたのは、『呑み食い処 竜宮城』という文字と亀のキャラクターが描かれた軽のワンボックスカーだった。

「どうせろくに飲み食いしていないんだろう、ちょっとうちの店まで来い」

 命令口調の男に少しだけむっとしながら、凪は言われるがまま車に乗り込んだ。初対面の人の車に乗ることは、凪の人生ではほとんどないことだった。男は亀岡と名乗った。「冗談みたい」と口にしたらうっかり頬が緩みかけて、凪は余計にむすっとした顔をした。竜宮城は、どうやら刺身が売りの居酒屋らしい。海鮮丼でもなんでも作ってやる、と亀岡は言った。

「思っていた竜宮城じゃないわ」

 そう不貞腐れながら、凪は軋んだ髪の毛を指で解いていた。車の窓からは、やっぱり美しすぎる空がずっと続いている。ラジオからは、昔の夏の歌が流れていた。

【完】



「り」から始まるテーマ「竜宮城」のお話を作りました。
お茶目にいきなり「り」続きがきたので、さらに「り」をかますか迷いましたが一旦抑えました。どこかでやりたいですね。

ではでは、次は「う」でお願いします。
mg.というZINEを一緒に作っているメンバーのヤナイユキコ氏に繋ぎます。


※しりとり手帖の説明についてはコチラから


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