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本のミライのために、できること。

スターツ出版という出版社をご存じだろうか。

透明感のある綺麗で可愛らしい表紙と、少女漫画的展開がてんこもりな小説が売りの出版社である。(たぶん。読んだことないけど)

最近だと『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』が大ヒットした。
映画もかなり長いことランキングに入っていたと思う。
(たぶん。観たことないけど)

むかーし昔、その昔、『恋空』というケータイ小説が流行ったが、あれの出版社でもある。

当時、私は書店員として働いていた。
そのころから、すでに出版業界はジリ貧であった。
有名作家の話題作といっても、一日に5冊売れればいいほう。
時々テレビで紹介されたからといって、ビジネス書が10冊売れたりする程度。
全国展開しているわりとデカい書店グループだったけれど、本の売り上げは芳しくなかった。

そんな中で、『恋空』はすごかった。
平積みしたそばから、女子高生がばんばん手にしてレジに行く。
それも、ばっちりメイクのド派手なギャル風の子たちが。

それまで、そういう女の子たちを店内で見かけることはほぼなかった。
入口ちかくの、ファッション雑誌がならぶ場所で、電車待ちの子たちがキャッキャしているのはあったけれど、小説が並んだ棚には足を向けたりしなかった。

おそらく、普段本なんて全く読まないであろう女の子たちが、こぞって『恋空』を買いに来ていたのである。

ページ数も薄けりゃ内容も薄い。
おまけに文章がひどい。
ああ、何が悲しくてこんな酷い本を書店員として売らなければならないのか。

レジに立つたび、私は憤りを覚えた。
「おい、こんな本に金を出すくらいなら、この本を読めよ」
と、自分の愛するヘミングウェイを売りつけてやろうかとも思った。

あれから20年弱。
今、私はスターツ出版に尊敬の念をもっている。
「本を読むことを楽しいと思ったことがない女子高生たちに、本を買わせることができたって、めちゃくちゃスゴイことだよな!」と。

そういう考えに至らせてくれたのが、今回読んだ本。
『本屋のミライとカタチ 新たな読者を創るために』 (北田博充 編著
PHP研究所)だ。
本屋さんになるためのハウツー本ではない。
本を読む人、創る人、売る人、はたまたブログやSNSで本を紹介する人。
そうした本を取り巻くすべての人を「本屋」に見立て、みんなで出版業界を盛り上げていくためにはどうしたらいいかを考える一冊である。

本に興味を持ってもらおうと、これまでの国語教育とは全く違った授業を行う国語の先生。
本を読んだことがない人にも本の面白さを伝えようと尽力するTikToker。
本を手に取ってもらうためには、生活に密接した場所に本を置いてはどうだろうと考えた薬局。
出版業界と同じように、衰退していたにも関わらず奇跡のV字回復を遂げたプロレス団体。

それが、この本で取り上げられている面々である。
かれらが、みな一様にいう。
「興味のない人に興味を持ってもらうことが何より難しい」。

たしかにそうだ。
私はあまり漫画が好きではない。
漫画にハマるよりも活字にハマるのが早かったので、文字と絵を同時に読むのがちょっと難しいのだ。
なので、友人知人が「この漫画めちゃくちゃ面白いんだよ~」と薦めてきても、「あー、そうなんだー。読めたら読むね」と軽く流してしまう。
結局「行けたら行く」ぐらいの確率で、その漫画を手に取ることはない。

たぶん、世の中の半分以上の人にとって、本を読むことは「興味ないね」ということなんだろう。
当然、薦められても「読めたら読むわ」で終わる。
この「興味ないね」の壁を突破して、「あー、とりあえず読んでみようかな」までこぎつけるなんて、正直私には無理だ。
0を1にするんだもん、相当な策士でないかぎり、無理だ。

スターツ出版は、それを見事にやってのけた。
本を読むことが娯楽であるなんて、考えたこともなかったかもしれない女子高生たちに、身銭を切って本を買わせることに成功していた。
それも、一人や二人じゃない。
社会現象になるレベルでだ。

「でもさ、あの低レベル本が売れまくるってむしろ害悪じゃね?」
「結局それっきりで本を読む人って増えないと思うわー」

そういう意見はごもっとも。
私も、心の八割はそう思っている。

でも。
もしかしたらそういう固定観念が、出版業界を苦しめているのかもしれない。
出版業界全体を考えてみたとき、ほとんどの人が「興味ない」ちゃんとした本(こういう言い方いやだけど)と、女子高生の心鷲掴みなライトな本と、どっちが利益をもたらしてくれるだろう。
利益がなければ、業界を存続させることはできない。
お客のニーズを満たさなければ、物は売れないのだ。

『本屋のミライとカタチ 新たな読者を創るために』では、コアなファン層が新たなファンの増加を阻んでいると力説されている。
「○○じゃないからコレはだめ」
「こんな下らないもの、私は認めない!」
「ふっ、これだから俄かファンはイヤなのよね」
こうしたマウントが、新しいファンの入り口を閉ざし、結果、業界全体を縮小させている。

ああっ、胸が痛い!
私もしてるじゃないか。
「『恋空』なんて読む暇あったら、ヘミングウェイ読めよ」
って、声には出してないけど顔には出してたもん。レジ打ちながら。

私は本が大好きだ。
本によって救われたことが何度もある。
だから、本、すなわち出版業界に恩返ししたい。

そういう想いでnoteを始めたのだ。
それなのに、私ったらなんなのさ!
出版業界全体を考えたら、『恋空』の大ヒットってめちゃくちゃ喜ばしいことではないか!
なんでそれを祝えないのよ、狭量すぎるでしょうがよ。

いやはやしかし。
今回『本屋のミライとカタチ 新たな読者を創るために』を読むことができて本当に良かった。
自分の中にある無自覚なマウント意識に気付くことができたのだから。

よし、今からまっさらな頭で考えよう。
本のあるミライを守るために、私ができることは何なのかを。

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最後までお付き合いいただきありがとうございます。 新しい本との出会いのきっかけになれればいいな。