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<木島櫻谷ー山水夢中展>泉屋博古館東京:とにもかくにも写生帖の樹木表現に注目! はからずも「水墨山水」鑑賞の第一歩に(その1)


はじめに

 実は日本画家の木島櫻谷(このしまおうこく)の名前は完全に忘れていましたが、作品《寒月》の方は鮮明に覚えていました。その作品を見たのは今から何年前なのか思い出せません。また場所も根津美術館だったのか山種美術館だったのか完全に忘れました。日本画の名品が多く展示された中に《寒月》があったのです。

図1-1 木島櫻谷 《寒月》
出典:展覧会のチラシより
図1-2 木島櫻谷 《寒月》
出典:
 泉屋博古館HPより

 他の作家の名品にはない透徹した色彩と全体構図、そして初期の田中一村の日本画に通ずるシャープさに強いインパクトを受けました。そのために作品を覚えていたのです。

 たまたま今月中旬にBSの番組「ぶらぶら美術博物館」で表題の美術展の紹介があり何気なく見ていたところ、突然櫻谷の膨大な量の写生帖が映し出されました。

 私の記憶では、日本画家の美術展は、以前ならば本画のみの展示が通例で、写生帖下絵が公開されることはほとんどありませんでした。

 ところが最近は日本画家スケッチ下絵が併せて公開されることが多くなったように思います。
 「線スケッチ」を描いている私にとっては大変ありがたく、写生生き生きとした線から作者の筆の動きや気持ちを直接感じることができ、本画よりも写生の方がつい惹かれてしまうのです(日本画を描かれている方には申し訳ないのですが)。

 美術展終了日が近づいていることもあり、さっそくその写生帖を見に出かけました。

泉屋博古館入口

感想

 ここではテーマを二つに分けて感想を述べます。一つは、冒頭に述べた「写生帖」で、二つ目は最近私が最近関心を寄せている「水墨山水」です。

(1)写生帖の展示作品と感想:樹木表現を中心に

写生帖の様子(作者撮影)
図2 里山、山林風景
出典:全て作者撮影
図3 奇岩・絶景
出典:すべて作者撮影
図4 人・馬
出典:すべて作者撮影

 見出し画像の説明にあるように、このシリーズは「線スケッチ」の立場からの美術展訪問記です。私が近現代の日本画家の写生帖(スケッチ)に興味を持つのは、彼らの大多数は日々の写生を大切にしていたからです。

 今回、木島櫻谷が膨大な量の写生帖を残していたことを初めて知りました。上の図で示したように、主に「日本の里山、森林風景」、「奇岩絶壁、滝や渓流などの絶景」「人間・動物など」の三つに分かれます。

 中でもいつも注目してみているのは中景の樹木の描写です。

 なぜなら、ほとんどの人がスケッチを習う時に必ずつまづくのは、たくさんの葉の付いた「中遠景の樹木の描写」だからです(もう一つのつまづきはどなたも予想されると思いますが「線遠近法」です)。

 スケッチ教室で私はその描き方を具体的にお話しするのですが、中々上手くいかないようです(コツについての記事も書いています:下記の記事)

 というわけで、それ以来、西洋、東洋の絵を問わず、中遠景の樹木をどのように描いているか、子細に見ることが癖になってしまいました。

 その結果、次の予想外の結論に至りました。

●どうやら、洋の東西を問わず、プロの画家さえも中遠景の樹木を描くのは苦手としているらしい。
●東洋、特に日本に至っては、江戸期までは、「すやり霞」あるいは「霧」で覆い隠して描かない。明治以降の日本画家も、「霧」で覆い隠し、中遠景の樹木は描かない、あっても中景の樹木を数本描くのみである。
●日本の画家で唯一の例外は、歌川広重であり、中景の樹木でも樹種が特定できるほど逃げずに描いている。遠景もきちんとシルエットで描いている。私の感覚では世界の画家の中でもその構図の斬新さも含め天才といってもよい。

 要はプロの画家でさえも逃げるほど、中遠景の樹木を描くのは難しいということと、それに立ち向かった歌川広重の凄さをあらためて確認したことです(広重の樹木表現については下記をご覧ください)。

 いずれこの問題については、西欧の画家、そして風景画では広重双璧を成す葛飾北斎樹木表現とあわせて記事を書く予定です。

 さて櫻谷写生帖ですが、展示された写生帖で描かれていました。一般に明治以降の日本画家は、鉛筆ペンで写生することが多いと思うのですが、携帯が面倒な筆墨写生旅行に持って出かけているようです。おそらく、後述する山水画のためかもしれません。

 図2~4に見られるように、線描には癖がなく、丁寧に描いていて好感を持ちます。そして写生であっても、その里山山林風景奇岩渓谷風景は作品として十分成り立っています。木島櫻谷性格が表れているようです。

 図2里山・山林風景を拡大して見ていただければ分かるように、中遠景の樹木は、はそれぞれ一本ずつ描き葉も外側の輪郭だけとは言え、逃げずに描いています。
 私の線スケッチでは、中景の樹木の内部の葉も描きますが、櫻谷は、時間の節約と淡彩仕上げによる効果も勘案して、葉の線描は外側の輪郭にとどめたのだと推測します。

 なお、この美術展を見終わったあと、荷物を預けたロッカーの部屋の机に次のタイトルのチラシが置いてありました。それは「手がかりは写生帖! #おうこく足跡探訪 ~木島櫻谷がみた京都の風景~」です。
 どうやら、昨年京都の泉屋博古館での「木島櫻谷展」でのイベントのチラシのようです。私は、第2弾「鞍馬・貴船エリア」、第3弾「鷹峯エリア」、第5弾「八瀬・大原エリア」の三種のチラシを入手しました。
 そのチラシに、里山・山林風景の写生が載っており、それらからも中遠景の樹木表現がよく分かりますので、下記にそのチラシから抜粋した写生を紹介します。

図5「手がかりは写生帖! #おうこく足跡探訪 ~木島櫻谷がみた京都の風景~」チラシより
図6「手がかりは写生帖! #おうこく足跡探訪 ~木島櫻谷がみた京都の風景~」チラシより

 なお、この美術展の「出展目録」の末尾を見たところ、なんと木島櫻谷のすべての写生帖データベース化されているとのお知らせが載っていました。下記にそのデータベースを示します。

 本画以外はめったに公開されることが無い日本画家高画質の写生画がパソコン上で観ることが出来るとはなんと素晴らしいことでしょうか。絵を習い始めた人にとっては大変役立つと思います。
 ご関心ある方は是非ご覧ください。

 記事(その2)に続きます(次回は、山水画の感想です)。

 前回の記事は下記をご覧ください。


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