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『JR上野駅公園口 』 柳美里 (著) 全米図書賞を受賞した理由は、なんとなくわかる。でも、そっちの理由よりも、もっと重たいものが、僕の心には、迫ってきました。

『JR上野駅公園口 』(河出文庫) (日本語) 文庫 – 柳美里 (著)


Amazon内容紹介


「一九三三年、私は「天皇」と同じ日に生まれた――東京オリンピックの前年、出稼ぎのため上野駅に降り立った男の壮絶な生涯を通じ描かれる、日本の光と闇……居場所を失くしたすべての人へ贈る物語。解説=原武史【全米図書賞・翻訳文学部門 受賞作】」


ここから僕の感想。


 本読みの友人二人と、「年間・読んだ本ベストスリー」を発表しあう会、というのを一昨年末に初めてした。昨年末はコロナでできなかったのを、先週末、zoomでやって、そこで友人の1人が選んだのが、この本だった。


 全米図書賞を受賞したことでベストセラーになったのだが、そんなに長い小説ではない。長くはないのだが、これは、そもそも、どう読むのか。かなり難しい小説だ。


 全米図書賞を受賞したのは、わかる。天皇と日本人の関係、東京大空襲、敗戦、戦後、高度成長期の出稼ぎ労働者と64年の東京五輪、上野公園の起源と明治維新の歴史、日本の庶民の暮らし、葬式、仏教宗派の違い、農村地方の祭り、そして福島の津波。アメリカの知識階層が興味を持って喜びそうなパーツが、ぎっしり詰まっている。「日本の小説を読んだ満足」が高いのだと思う。


 さほど長くない小説に、これだけの要素を組み込みながら語られる、主人公の人生。それは、こうした要素と関係あると言えばあるのだが、無いと言えば、無い。


〈「おめえはつくづく運がねぇどなあ」というお袋の言葉〉に集約される、主人公の人生。唐突で早すぎる家族の死。一生のほとんどを出稼ぎで過ごしたために、家族と過ごした時間はひどく短い。ひどく短くても、それでも子供は子供で、妻は妻だ。子供と、妻との、生活の記憶の量は、少ない。しかし、死の衝撃の深さは、限りなく深い。ともに過ごした時間は短い。一緒にいる時間がほとんどないほどに、出稼ぎで働き続けたのは、家族のためだ。
 

 年に、盆暮れの数日しか帰らないで働き詰めに働いた男の人生。その生き方こそ、日本だったのだ。産まれた時と、死に顔しか、子どもの顔をしっかりと見たことが無い。だからといって、愛情が無いのか。子供が大切でなかったのか。そんなことは無い。どれだけ深い悲しみを主人公が襲うか。


 アメリカのインテリが喜ぶ、天皇やなんやかやの「わかりやすくエキゾチックな日本」より、この小説で語られる、働くことと家族の関係。そこにこそ、日本があるように思う。


 文庫解説は、天皇についての研究者としては、日本一といっていい原武史氏が書いている。だから、当然、そちら側からの読みが、この小説においては、主流になるのだと思う。そういうことを描きながらも、家族の意味、人生の意味、そういうことの重さが描かれていく。僕は、そちらの方の重さが、より深く響いた。


■現代人・読者との回路を作る、もうひとつの工夫。 


 上野公園、上野駅を行きかう、現代の、普通の人たちの、日常会話の断片が、折々、挿入される。いかにも今どきの、様々な世代の人たちの会話の断片。
 ①天皇制に代表される日本の基層構造描写、②主人公の不運不遇な人生。天皇家の人たちの名前や生年月日と、主人公やその家族の名前や生年月日が、繰り返し対比されることで、この①と②の要素が対応しながら、小説は進む。この二つが、小説の要所で、交錯する。それが、この小説の基本構図である。
 しかし、そのふたつから遊離した、③現代の都会に暮らす人たちの日常生活が、会話の断片として、小説の中に織り込まれていく。
 僕の友人の大半、この小説の読者の大半は、③の会話をする一般人の誰かと近い生活を送っているはずである。読者は、自身の日常生活の底にある、①天皇制という日本社会の基底と②高度成長から次の東京五輪までを支え、原発事故の犠牲になった、東北の貧しい人たち、どちらのことも見ない、意識をしないで生活をしている。
 全米図書賞を機にこれを読んだアメリカのインテリ読者と同様に、日本の、僕も含む一般人は、①のことも②のことも、普段は考えない。この小説を読んで、初めて強く意識させられるのである。
 長くはない小説の中に、この三層が混在し、現代の日本をひとつの小説として描き切っている。「どう読むか」が、ずいぶん、難しい小説だったというのは、そういうことである。

 追記。

 実は、この本を読んでいる途中に、Amazonで「エンディング・ノート」を買ってしまった。それくらいに、自身の人生について、死について、切迫して考えさせる力が、この小説にはあった。僕の読み方は、そこに重心があったのだと思う。

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