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【ショートショート】         映画と車が紡ぐ世界 chapter30

ローマの休日 ~ フォルクスワーゲン ニュービートル  2000年式
Roman Holiday ~Volkswagen New Beetle 2000 ~

カノジョと僕は 
天文学的な確率で つながっていた
幼稚園から大学を卒業するまで 
僕らは 常に同じクラスにいた

「またふられたでしょ!」

「うるさい!」

カノジョ以外の女性とは ろくに話もできない僕は 
当然 恋人ができることも無く 
いつもこんな風に 揶揄されていた 

ここまで長い付き合いになると 
二人の生活パターンも同期してくる
食べたいものや 
行きたい場所まで 阿吽の呼吸で合致する

見えない力で引き合っている・・・ 
そう 月と地球の様に
因みに 僕とカノジョの主従関係から言うと 
月の方が僕だった

そんな僕らは 社会人になって 
別々の 人生を歩み始めた・・・

Hhaaaaaaaaa

ため息のたびに 
僕のハートの中にある 南部風鈴が 

Chireeen・・・
と音を立てる

ゴールデンウィークを終えた僕は
クリスピー・クリームのドーナツ製造マシーンのように 
ため息を量産していた

外回りの途中
ふらっと 芝公園に立ち寄り ベンチで腰をかけた僕は 
増上寺の向こう側にある 
震災で折れ曲がった 東京タワーを眺めつつ

「お前も 五月病かい・・・」と呟いた
 
そのとき 携帯が鳴った
 
♪素顔のままでビリージョエル ♪


「元気!?・・・」

3年ぶりに聴く カノジョの声

「んー 元気だが 元気ではない・・・」
懐かしい声に つい愚痴がでた

「文法的に問題がある回答だけど・・・わたしも そんな感じ・・・」
とカノジョが言った 

「今日は なんの日だ?」
5月9日になるとカノジョは きまって この質問をした

「ビリーの誕生日だろ」 
いつしか僕も ビリージョエル通になっていた

「二人で お祝いでもしない?」

”スペース1999”のように
宇宙をさまよう月となっていた僕は
カノジョの誘いを受け入れた
 
母なる地球に帰ってきた 沖田艦長のような心境で・・・

会社に内緒で 早上がりした僕は
2000年式 ニュービートルで カノジョをピックアップ
直列4気筒2.0LのNAエンジンの
エキゾーストを楽しみながら 再び東京タワーの足元にやってきた

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僕はカノジョに言った
「実は・・・
 ちょうど 僕も 電話をしようと 思ってたんだ
 アイスクリームでも 食べないか・・・ってね」

神谷町のSOWAで買った 
ピスタチオのソフトクリームを 頬張りながらカノジョは言った

「5月9日・・・ アイスクリームの日でしょ!」
その通り・・・ また先を越された・・・
相変わらず 主従関係は変わらない 
でも 電話の理由は アイスクリームではない

Fufufu・・・
カノジョが笑い出した
「どっ どうしたの?」

「君が あまりにも 変わってないから」

「不謹慎な! これでも社会人だぞ! 大人だぞ!」

そういう僕も 久しぶりに心から笑った

「どぉ? オードリーに見える?」
助手席で ソフトクリームをぺろりとするカノジョ 
つまり僕は 
ジョー・ブラッドレー(Gregory Peck)という訳か・・・

湾岸のレストランで食事をした後
王女様のために 
僕はとっておきの場所・・・ 城南島海浜公園へ向かった

いつもより15%大きい月齢17.8の月が 
僕らを照らす

もうすぐ日が 変わってしまう・・・
早く言わなきゃ・・・
ようやく気付いたんだ・・・
グレゴリーペックでは 終われない・・・

カノジョは 知っていた
5月9日には 
もう一つ記念日が設定されていることを

 ”告白の日”

彼の口から どんな言葉が出てくるのか・・・ 
一生懸命 勇気をためている 彼を
満月のような
ワーゲンの黄色いボディに腰掛けながら
カノジョは 目を瞑って 静かに待ち続けた



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