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映画と車が紡ぐ世界chapter132

エレファント・マン ニッサン ブルーバードSSS U14系 1997年式
The Elephant Man Nissan Bluebird SSS U14 1997


映画が嫌いだ
小学生のころ 肥満体だった僕は
走るのが遅く 流行りの服を着ることもできなかった
クラスメイトにバカにされる日々
それだけでも 引きこもりになる環境はそろっていた
そんな中・・・
あの映画が公開された

『私は人間だ!・・・エレファントマン』
テレビでコマーシャルが流れたその日から
僕のあだ名は 「ゾウさん」になった

醜い容姿で 
奇怪な生物として扱われながらも 純粋な人間性を貫く 
ジョセフ メリック(John Hurt)の半生を描くハートウォームな映画も
子供たちは 凶器として使用した 

「ゾウさん 仮面をとれよ!」
「キッーク!! ぞうさんだから 痛くないだろ!」
「キャッ ゾウさんに見られちゃった・・・」
毎日続く 言葉の暴力

何もしていない・・・
ただ教室にいるだけなのに みんなが僕を標的にした
たった一人を除いて・・・

「あんた達! また いじめてるの! いい加減にしなさい!」

隣家の幼馴染 真っ赤なリボンがトレードマークのクラス委員長

「太っちょだからって 何がいけないの!
 ゾウさんは だれよりも優しいんだから!
 あんまり ひどい事すると お巡りさんのお父さんに言いつけるから!」

両掌をぐっと握りながら叫んでくれた
カノジョのお父さんが 小さな工場の社長さんで 
警察官じゃないことを 僕は知っていた 
勇気を振り絞って ついてくれた暖かい嘘・・・
カノジョの嘘が無かったら 僕は 人生を中退していただろう

でも・・・ カノジョも 僕を”ゾウさん”と呼んだ 
だから 僕は映画が きらいだ

カノジョと僕は いつも近くにいた 
中学 高校 そして大学 
日なたを歩くカノジョと 日陰の僕
二人の人生が 交錯することは ほとんどなかったが
日陰生活も 十年続ければ 心はウドのように図太くなる
多少の陰口には動じなくなり 
キャンパスを颯爽と闊歩する カノジョを目撃しただけで 
その日の僕は ハッピーになった すると・・・
諸悪の根源だった肥満体質も 徐々に影を潜め 
僕が エレファントマンと呼ばれることは無くなった 
それでも カノジョは相変わらず 僕のことを”ゾウさん”と呼び続けた
そこには 暖かさがあった
カノジョだけが 呼ぶ特別な名前”ゾウさん”という呼び名が 
いつの間にか 好きになっていた 

そんなとき・・・
カノジョの両親が経営する 町工場が倒産した・・・

「あの娘の家 倒産だって! 可哀想ね~」

「ホント! もう一緒に遊べないね
 貧乏がうつりそうだし 同情するなら金をくれ! なんて言われるかも」
ケタケタ笑う カノジョの親友たちが 
僕には 血の通わないオートマータに見えた

僕は 勇気を振り絞って 映画『エレファントマン』を観た
怪物のような容姿のジョセフ メリック
しかし 登場人物の中で最も人間らしい彼に 僕は誓った
翌日・・・
父の愛車 ブルーバードSSSを借りた僕は 隣家のドアを叩いた
どんよりした空気に包まれたカノジョは 日陰の住人になっていた

「ここに居ちゃいけない! 一緒に出掛けよう!」

助手席にカノジョを乗せると アクセルを踏み込んだ
カノジョを包み込む 黒いヴェールを 払いのけるために

無言のドライブは きっちり120分 登山道の入口にSSSを停めた

「さぁ ここからは歩きだ!」

カノジョの手を引いて 山頂を目指すこと 60分・・・
山肌一面 黄色い菜の花の絨毯 
その向こうには 真っ青な海と蒼い空が 境界なく広がっていた

「うわっ! ステキ!」
天使のような明るい声を 久しぶりに聴いた
カノジョの周りが 少しづつキラキラと 輝きはじめる
 
「やっぱり 君は 日なたが似合う」

「ありがとう・・・ でもどうして こんなに優しくしてくれるの?」

「それは・・・ 何度も 君に助けてもらったから・・・」

♪ Taylor Swift - Mary's Song ♪

・・・

時が停まる
僕を見つめるカノジョ
海岸から流れてくる潮の香が 僕たちを包み込んだとき
カノジョの 小さく淡いピンクの唇が動いた
映画なら 抱き合って熱いキスを交わすだろう しかし・・・

「学校で ゾウさんを かばったのは 内申書を良くするためだったの!
 別に あなたのためじゃないのよ!」

!!

驚愕の事実・・・ やっぱり 映画は嫌いだ・・・

「わかった?ゾウさん! だから もう私と一緒にいちゃいけない!」
所詮ジョセフ メリックの人生はドラマか そう思いかけたとき・・・

カノジョの両掌が
ぐっと握られているのが見えた
暖かい嘘をついた あの日のカノジョの拳だった 

「ゾウさんは だれよりも打たれ強いんだ!
 キミが何を言おうと 
 あの日から 僕は君を信じることに決めてるんだ!」

カノジョの瞳から 涙が零れ落ちると
身体の中から立ち込めていた 黒いヴェールが消えた

ブルーバードSSSは 幸せの青い鳥
山から下りてきた 
若い二人の姿を見守る銀色のヘッドライトには
老いても 寄り添う二人の姿が映っていた


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