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ウクライナ戦争下の第二創業期(前編)―紛争研究が示す紛争解決の「道しるべ」

🔳二度目の対独戦勝記念日に掲げる団体ヴィジョンー「持続可能な平和」


 ウクライナ戦争は2022年2月24日のロシア軍によるキーウ(キエフ)攻撃で幕を開け、開始から今や1年以上が経過しました。戦争は開戦当初のウクライナ劣勢の見方は消え失せ、今や欧米の強力な対ロ経済制裁と武器支援を追い風にウクライナがロシアとの膠着状態に持ち込むに至りました。

 ロシアでは先日、開戦後二度目となるメモリアルな日を前に、ある事件が発生しました。
 開戦後二度目の対独戦勝記念日である5月9日間近に、ロシア大統領府(通称「クレムリン」)へのドローン攻撃が行われ、にわかに戦争当事者たちを騒がせています。ウクライナや反プーチン派のプーチン暗殺工作か、はたまたロシアによる自作自演かー、いずれにしても1年前には見られなかった大国ロシアの焦りと疲れが垣間見えます。


 そんな戦争に直面する中で、当団体「道しるべ」が現在進行形の大規模戦争が起きる中で「平和」とどう向き合うのか、代表として考え続けてきました。

 そんな時代であっても私は、人間には本来平和を実現する可能性が備わっているという信念を持ち続けたいと思います。昨年より長らく組織体制を再編する期間としていましたが、これから新たに「持続可能な平和」をヴィジョンに掲げて、歩んでまいりたいと思います。

道しるべの新ヴィジョン「持続可能な平和」


 ウクライナ戦争のような大規模戦争が起きる最中に、このようなヴィジョンは絵空事のように聞こえるのはやむを得ないと思っています。しかし、この戦争の真因に迫り停戦の道すじをつけることで、冷戦終結後まだ見出していなかった平和を持続可能なものとするヒントを人類は学びうると思います。それこそが本戦争の犠牲者に報いる道でもあるとも思います。

 任意団体/一般社団法人(予定)道しるべは、平和を「戦争と戦争の間」の期間ではなく、「持続可能な平和」にアップグレードするために必要なあらゆる事業の実験台として、歩み始めます。

 そうした事業構想のインスピレーションとなった、紛争研究の成果とウクライナ戦争が指し示す教訓について、以下にまとめます。

🔳大戦争への反省が生んだ「紛争」を研究する学問


 このような大規模な戦争が起きている最中ですが、私はあらゆる紛争には解決に至る道のりが存在しており、ウクライナ戦争も例外ではないと考えます。その発想は私の独創ではなく、先人たちの教えに従ってこの現象を見つめた結果によります。
 
 紛争を研究する学問分野は、平和を研究する学問から枝分かれするように誕生しました。どちらも学問領域として本格的に形をとるのは、人類が二度の世界大戦で破壊の限りを尽くし、真剣に反省する時を待たねばなりませんでした。誕生してからの歴史は浅い学問です。

平和学誕生の歴史概略


 加えて、紛争研究(紛争解決学)については、「紛争」というテーマ自体がそもそも研究対象としてふさわしくないという発想が社会に根強く、核戦争の危機や社会学の発達をさらに待たねばなりませんでした。


紛争解決学(紛争研究)誕生の歴史概略

 
 そういった経緯にかかわらず、紛争研究は人間の生きる道に示唆を与えてくれる学問です。
 民族など集団の生存をかけた「戦争」、国家のみならずコミュニティ・個人間でも深刻な対立を生み出す「紛争」、思春期の悩みやアイデンティティクライシスなど心の中を支配する「葛藤」など、あらゆるレベルに存在する「争い」を考察しようとする学問領域は、私たちが人生で必ずと言っていいほど直面する問題にヒントを授けてくれます
 

■紛争解決の可能性―ジョン・W・バートンと「問題解決アプローチ」


 その中でも、最も激しい「紛争」の形態である「武力紛争」を考える上で、私は学問の歴史上重要な、ある紛争研究者のセオリーを参照しています。ジョン・W・バートンという、オーストラリア出身の学者です。彼は普遍的に紛争を解決するセオリーを理論化した実績から、紛争研究を大きく前進させた学者の一人とされています。

 冷戦が終結すると、民族や宗教などをきっかけとする紛争が世界の各地で勃発しましたが、バートンは冷戦が終わる前に、すでにこうした紛争に応用できる紛争解決手法を理論化していました。

紛争研究の学父―ジョン・W・バートンのプロフィール

 そうした慧眼があっても、理論は現実の紛争の解決を100%約束するものではありません。
 紛争研究の担い手はしばしば実際の紛争の調停にも関わっており、バートンも例外ではありません。トルコとギリシャが衝突したキプロス紛争の調停支援に携わりますが、残念ながら環境が整わず、成果を出すことはできませんでした。
 
 彼のセオリーはそれでも、一見すると科学的考察ができないと思えてしまう混沌とした紛争に、問題解決の糸口を示してくれます。
 
 彼の考案した紛争解決手法「問題解決アプローチ」は、深刻な対立や暴力を孕む紛争に対処する方法論です。
 私たちの住む世界には、交渉や法廷闘争など今ある仕組みを通じて解決できる争い(バートンは”Dispute”と分類)と、今ある仕組みでは収拾のつかない激しい争い(バートンの定義する”Conflict”)が存在します。バートンが解決に最も力を上げたのは、その中でも特に深刻な対立へとエスカレートする”Deep-rooted Conflict”と呼んだものでした。こうした紛争は、人間の存在を保障する根幹を揺るがすため、時に暴力を孕む深刻なものになると彼は考えました。

 バートンの成果は、こうした争いには人類に共通するきっかけが存在し、そのため人類共通の解決方法が存在すると理論化したことです。

 争いが無くならないと考える人は、対立の原因が多様でコントロールできないから、という見方をお持ちかもしれません。この世界の歴史に照らせばやむを得ないご指摘だと思います。宗教や、民族の違い、経済格差―、世の中には様々な差異が存在します。人類の争いが止むのはその違いが均一になった時以外あり得ない、そうした発想は今も根強く残っています。

 バートンは激しい紛争を生む差異のさらに深層を分析し、人類共通の原因が紛争を激しくさせると考えました。このインスピレーションを紛争解決に利用したのが「問題解決アプローチ」です。
 バートンは、侵害されると人間が激しい紛争に突き進んでしまうこうしたトリガーを「人間の基本的ニーズ」(以下「ニーズ」)と呼び、この「ニーズ」を保証することで深刻な紛争に解決の道を開こうとしました

「人間の基本的ニーズ」概念の概略


 人間の存在を保証する「ニーズ」の特徴は、形が無いことです。バートンは「ニーズ」の例として、「アイデンティティ」「安全」などを挙げました。バートンがこのニーズを「何種類ある」などと明確に規定しなかった点は時に批判される点ですが、少なくとも人間には生存上脅かしてはいけない一線があるとの発想は、武力衝突が発生する可能性を予測する有効な基準として機能します。
 「ニーズ」は形が無いため、消費しても底を尽きることがなく、他者と共有することができます。そのためバートンは、対立する紛争当事者の「ニーズ」を充足することで紛争を解決できると考えたのです。
 このセオリーは裏を返せば、「ニーズ」が人間に必須のもである以上、「ニーズ」を満たすことなしに紛争は根本的に解決できないことを意味します。

 こうした発想は理論に留まらず、第二次大戦後4回もの戦争に明け暮れたイスラエルとエジプトを和解に導いた外交合意である、1978年のキャンプデービッド合意にも見られます。
 同合意は、中東諸国から侵略される懸念を取り除き「安全」を確保したいイスラエルと、「アラブの盟主」としての「アイデンティティ」を取り戻したいエジプト双方の「ニーズ」を保証する内容でした。合意により、イスラエルへの侵攻ルートであったシナイ半島は停戦監視団のもとで非武装化され、イスラエルが先の戦争で獲得した同半島の領有権はエジプトに返還されました。両国が戦端を開かなくていい環境は、「ニーズ」を満たすことで実現されました。
 「問題解決アプローチ」は決して机上の空論ではありません。

「問題解決アプローチ」概略

 私は、問題解決アプローチが今まさに進行しているウクライナ戦争の終戦のヒントになるのではないかと考えています。
 
 後編では、ウクライナ戦争に関する当団体への有識者の寄稿とバートンの世界観をもとに、来る平和への教訓を引き出し、「持続可能な平和」に向けた当団体の新たな歩みを構想します。

(【文責】道しるべ 代表理事 小山森生)

【参考書籍】
■オリバー・ラムズボサム等著『現代世界の紛争解決学―予防・介入・平和構築の理論と実践』明石書店
■上杉勇司・長谷川晋著『紛争解決学入門―理論と実践をつなぐ分析視角と思考法』大学教育出版
■田中宏明『人間のニーズ・紛争解決・世界社会―ジョン・W・バートンの政治理論について』(宮崎公立大学人文学部紀陽第3巻第1号)


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