今、モノクロフィルム写真を撮る理由

確かあれは去年の10月だったと思う。大阪でいとう写真館の伊東さんを訪ねた。みんなでプリンターの勢井さんの事務所に行って、モノクロ写真の現像工程を見学させていただいた。1mmもモノクロフィルム写真をやる気などなかった。すごいなとは思っていたけど、自分でやる気など1mmもなかったし、めんどくさいし、良いものだとは思うけど、自分とは切り離して考えていたのだった。

なのに、今わたしのリュックには、モノクロフィルムがセットされたライカM3(借り物)が、いつも入っている。何でか知らんけど、いつの間にかお守りみたいになってしまった。持っていないと撮りたいときに撮れなかったらどうしようみたいになっている。

一番はじめに撮ったフィルムを一度だけ、勢井さんに現像してプリントしてもらった。露出がうまく調節できておらず、2/3ほどしか写っていなかった。送られてきたベタ焼きを見て、あんまり写真が下手なので恥ずかしくなった。こんなものを最初に他人見せるなんて、裸と同じじゃないか。デジタルだったら全部自分で最初に確認して現像できるのに。

今はsonyα7IIで試し撮りしてから、ライカで撮るという七面倒なことをしている。手元には現像していないフィルムが5本ほど溜まってしまった。少しずつ時間をかけて撮るのがとても楽しい。撮って出しの写真を他人に見られるのが辛くて、フィルムを現像に出せない。そんな話をしたらモノクロフィルムなら自分で現像できますよとスタッフが教えてくれて、現像液も買って準備万端だけど、まだ現像はしたことがない。

好きになってしまった。

撮影:伊東俊介(いとう写真館)

モノクロフィルムのプリントを間近で見たのは、初めてだった。伊東さんが写真を見せてくれた瞬間に、背中がちょっとゾクゾクした。「グレーがものすごく微細できれい。こんなグレーは見たことがない。」が第一印象だった。なんて言うか粒子がとんでもなく細かくて、白から黒がまるでカーブしているような印象を受けた。柔らかくて、優しくて、穏やかで、丸い。

白黒の写真ってハイコントラストでドンシャリなイメージだったから、こんな風に柔らかな質感になるんだと驚いた。

レコードに似ているなと思った。デジタルのギザギザが取れた優しい音は、じんわりと胸に響く。生音に近いし、そこにその人が佇んでいる様なリアリティがある。「生きている」という感じがする。ライブ感、ライフ感。

撮影:伊東俊介(いとう写真館)

フィルムか?デジタルか?

かつて、写真は記録としての役割を担っていた。1800年代後半、人々は記録するために写真を撮り、事実を人に伝えるという役割を果たしていた。伊東さんにモノクロフィルム写真を撮る理由を聞くと、一番最初に「アーカイブ性がすごい」という話をしてくれた。フィルムさえ残しておけば何度もプリントできること、100年前のモノクロフィルムでさえも今も現像できること。デジタルのデータの補完性についてはまだまだこれからの話で、モノクロフィルムは現状100年は持つということがわかっていることがすごいと言う。

写真の起源のヨーロッパにあるイギリスのメーカーのイルフォードは、ここにきてもまだモノクロフィルムの改良を行なっているそうだ。モノクロフィルム写真のシェアは年々狭まりつつあるが、そんな中で老舗が改良を続けている事実。それがこれからもフィルムが残り続けるのではないか?と予感させる。伊東さんはそれを楽しそうに話してくれた。

また、モノクロフィルムは退色に強いということもわかっている。これもまたアーカイブ性という点で優れているのだ。残す、残るという点で抜きん出た性能があるに違いない。

春の雪が降る中、伊東さんにわざわざスタッフの写真を撮ってもらった。

撮影:伊東俊介(いとう写真館)

色があること、色がないこと。

モノクロフィルムはカラーフィルムより退色しにくいという利点があり、これもアーカイブ性という点で有利である。だが、それ以上に大事なことは色がないということが、写真に写る側の気持ちを和らげるということがある。

かつてのわたしがそうだったように「写真を撮られることが好きではない」という人は、意外と多いと思う。写真を見て思うこと。本当はもうちょっとだけマシだと思ったのに、こんなに太ってたっけ?服装イケてなかったなぁ、他の服にすればよかった…。あげたらキリがないほど、後悔が走っていく。だから、撮られることに臆病になって、撮られることから逃げていく。だったら写らない方が気持ちがいいし、いつの間にかアルバムから自分の写真が消えていった。

カラーは残酷である。間違って着てしまった花柄の服、昨日買ったちぐはぐな黄色のスニーカー、恥ずかしくなって紅潮してしまった顔、張り切って濃すぎてしまった化粧、余計なことまで全てをリアルに写してしまう。何年も何年もそのまま生き続ける。この時代はこれが流行っていたのにと10年前を後悔してももう遅い。

その点、モノクロは優しい。花柄の服もモノトーンになり、黄色は白に近い色で写る。紅潮した顔は何でもない様子で、化粧は顔に奥行きを与え、みんなハッピーである。肌の調子も写らないし、そこに写るのは服や周りの景色の喧騒が消えた場所に佇むありのままの自分。残酷でない。モノクロの良さがここにある。

下の写真は、まさか撮影をするとは思わず、すっぴんでおたまを振りかざし賄いを作っていた食堂にて。ありのままの平田です。笑。あぁ、43歳のわたしは、倉庫の食堂で18人分の賄いを確かに作っていたのである。事実がそのまま転写されたような写真であると思う。

撮影:伊東俊介(いとう写真館)

リスクを共有するコミュニケーション。

伊東さんは全国を回って、各地で写真館を開くという移動写真館を行なっている。かつては家族の成長を写す役割を果たしたそれぞれの地域にあった写真館は今はもう少ない。デジタルカメラで誰もが写真を撮るようになり、それすらもなくなり、今はスマホがカメラになってしまった。手軽さと引き換えに渡したものは何だったのだろうか。

デジタルの良さは、その場で撮影した写真を確認できることだ。目をつぶっていないか?一番のいい顔であるか?構図は最高か?安心感がある。何度も何度も確認して、最高を目指すこともできるだろう。が、その良さがかえってこだわりを産み、ありのままを写すことは難しくなっていく。ある意味、リスクを消すことができるのがデジタルでもあり、作為的に写真を作り込むことができてしまうのもデジタルである。

一方、フィルム写真である。撮り手と写り手は、出来上がりの写真を一切、見ることができない。撮れているかどうかさえもわからない。そのリスクをはらみながら、撮り手と写り手がコミュニケーションを始める。伊東さんは全力で自分たちがこれ以上できないですというところまで、写り手に共有していく。僕を信じてくださいという気持ちで挑み、写り手がそれに答える。伊東さんの話を聞いているとセッションのような気がしてきた。毎回、協力してチャレンジしてできあがるのが、フィルムの写真館というわけである。

実際、わざわざスタッフを伊東さんに撮影してもらった現場は面白かった。伊東さんは必死なのだか、どことなく滑稽にも見えた。滑稽に見えるということは、それは多分本気だからだ。人は本気が過ぎると誰の目にも滑稽にうつってくる。何故ならその本気の人は、他の人が見たことのない場所に行っているから。何のジャンルでもそうだけど、伊東さんもそんな人だった。それが面白くて、何だかつい口元がほころんでしまう。

撮影:伊東俊介(いとう写真館)

今、ここに生きています。

確かに今日、わたしはここに生きている。明日、死んでしまうかもしれないけど、今は確かにここでこれを書いている。一人でも多くに、モノクロフィルム写真の良さ、伝わらないかなぁって思いながら。

そういう自分を、今、刻んでおくっていうのは悪くないし、年をとるのも悪くない。とびきり美人に写ることなんて期待しても仕方ない。ありのままを毎年、伊東さんに写真を撮ってもらうというのが、恒例行事になったらなんて素敵だろうと思ってる。ここ、長野県で。

ということで、(株)わざわざが送り出した二店舗目「問tou」にて、いとう写真館の撮影会を行います。モノクロフィルムで今をありのまま切りとる、写真を撮りませんか?現在「問tou」で実際のプリントも展示しております。長野県は初の開催ということで、出だしの予約状況が芳しくありません。

伊東さんはこの移動写真館で十数年のキャリアがあり、関西や九州では予約が取れないほどの人気なのに。。イベント主催側として、何としてもみなさんにきて欲しい!この記事をシェアしてくれても嬉しいですし、全国の他の会場でご予約いただいても構いません。

伊東さんと知り合って、モノクロフィルム写真の良さを教えていただきました。残すということが如何に大切か、難しいかもよくわかりました。年々減り続けるフィルムの需要。だけどそれを未来に繋ごうとしている人たちがいる。クオリティも素晴らしく、過去を未来に繋ぐ助けをしたいと思って企画しました。ぜひ皆さまにご来場いただけると幸いです。

大切な人、家族、友達、会社の人、一人。家族写真に限らなくていいと思います。みなさんの今を切り取りにきてください。毎年この時期に行うイベントにしていきたいです。今年、来年、未来に一枚ずつ増える皆さんのストーリー。お手伝いさせていただければ!待ってます!

<いとう写真館 撮影会のお知らせ>
2019年6月6日(木)~6月9日(日)

9時から各20分枠でのご予約
最終受付16時40分(12時~12時40分は休憩)

場所
「問 tou」 東御市八重原1807-1 芸術むら公園内 憩いの家

わざわざオンラインストアにてお時間のご予約を受け付けております。時間枠だけを無料でご購入いただき、当日、プリントの仕様をお選びいただき、撮影料金をお支払いただきます。みなさまのご予約をお待ちしております。

(文責:平田はる香 写真:若菜紘之、平田はる香)

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

死ぬほど嬉しい
303

平田 はる香

2009年に長野県東御市の山の上で、「パンと日用品の店わざわざ」を開業しました。一人で始めた店にだんだんと人が集まり、実店舗とオンラインストアでパンと日用品を販売しています。2017年に株式会社わざわざを設立。代表取締役兼何でも屋。

問tou

5つ のマガジンに含まれています

コメント1件

平田さんの書かれた文章をずーっと読んで、伊東さんの撮られたモノクロの写真を何度か眺めて、平田さんのモノクロ写真への想いが優しく染み込んできた感じがした頃、厨房おたまの平田さんの笑顔が飛び込んで来て、思わず顔が綻びました。

その後、何度か検証してみましたがやはり顔は綻んでしまいます 笑
自分にとってこのモノクロ写真は凄く好きな写真なんでしょうね。

モノクロ写真の知らなかった魅力が、偶然にも予期せぬ体感をもたらしてくれた瞬間でした。
ありがとうございました。

自分も今後、心身のタイミングが調った頃に【問tou】を訪れ、必ずやそのモノクロ写真に自身の姿をおさめていただこうと思います。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。