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完璧な彼女の中


 今回は中編になります。前編はこちら。


 先輩から送られたアドレスをコピーし、検索ウィンドウに貼り付ける。
 アドレスを見る限りは、いたって普通のドメインだ。エンターを押すと、思ったより大人しい普通のホームページが表示される。
 これを見る限りじゃ、いたって普通の結婚相談所に見えるが、正直なところ、結婚相談所のサイトなんて、この事態になるまで見た事もなかった。
 もう少し「出会い系」的な胡散臭さを期待していた部分があったので些か拍子抜けだ。だが、これこそが罠かも知れない。まだまだ警戒は解かない。
 サイトから色々調べてみるものの、これと言って怪しい部分はない様子。別のウインドウで他の結婚相談所や出会い系サイトのページと見比べる。不審な点はない。
 調べた限り、結婚相談所の料金相場には、かなりのバラつきがある。入会金、登録料、初期費用、月会費、見合い料金は1回ごと。そして成婚料。さらに見合い自体の経費は別途。
 入会金はないけど見合い料が高いとか、月会費は安いけど成婚料が高いとか、まあ、ざっと見て四、五回の紹介で成婚に至った場合で100万ぐらいってのが相場と見て良さそうだ。それと考えれば、最初に全て一括で200万円。分割不可。ってのはめちゃくちゃな金額という訳でもないだろう。それに一括で200万円ってのがある程度まで面倒な客を避けるフィルターになっているのかも知れない。
 とは言え、このページを見て申し込みしたい!なんて気持ちになるはずもなく、むしろ先輩の話や興味本位でサイトを探索している感覚だ。
 気になったのは、こーゆーサイトにありがちな「申し込みフォーム」が至る所に貼られていないこと。むしろ、最短でも4回はクリックしないと「申し込み」のページに辿り着かない。サイト作りとしてはセオリーに反する。このページを作ったのは先輩だと言っていたが、どう言う意図があってこんな構成にしたのか。いささか疑問に思いながら、申し込みページを調べる。
 するとそこには、アプリをダウンロードしろ、という強い主張があった。先輩の作った支援プログラムはこれだろう。
 説明を読む限り、ユーザーの希望する交際相手の希望をなるべく叶えるべく、事細かに性格を分析し、AIが導き出す完璧なマッチングを行うための支援アプリケーションらしい。これも先輩の仕事なのだろうか。
 アプリ自体は無料で、自分の性格をAIが完全に学習したと感じたら、申し込みをしろ、という事らしい。なるほど。悪くはないアイデアだ。アプリ自体で怪しげな事態になることはあるまい。

 ボクはアプリのダウンロードを開始した。
 単に好みを入力するだけのプログラムかと思いきや、意外と容量が大きい。比較的スマートなプログラムを組む先輩の作とするなら、どんな仕掛けがあると言うのか。
 ダウンロードしたアプリを起動する。
 しばらくして、起動画面が表示され、何だか何処かで見たようなGUIが表示される。おそらく日本で一番使われている通話アプリケーション、LIMEトークの画面だ。
 まあ、親しみのある画面とも言えるが、パクリと言えばパクリ。そんな微妙な気持ちで画面を見る。
 (初めまして。最初にお名前を教えてください。
 なるほど、LIMEトークと同じような会話形式で、ユーザーの好みや性格を把握しようと言うのだろう。アプリの意図は把握した。
 「カサノバ」
 ボクはいつもの名前を入力する。ゲームやネットでいつも使っているハンドルネームだ。
 (初めまして、カサノバさん。私はカサノバさんの結婚をサポートするアテンダントAI、人工知能の『ちな』です。
 人工知能がそう名乗った。
 ちなみに、アイコンは顔文字程度の(╹◡╹)こんなキャラクターである。要は用意された質問を人工知能であるかのように見せかけ、ユーザーから色んな情報を引き出し、マッチング相手を探す、そーゆーアプリな訳だ。
 さて。アプリの底は知れたが、どんな風にこちらの情報を入力していくか。そして、どんな嘘を教えるのが面白いだろう。そんな風に思案を巡らせた時だった。
 (カサノバさん、は、本名ではありませんよね。ハンドルネームですか? 良かったら本名を教えてくれると嬉しいです。
 と、続けて「ちな」が発言したのだ。予想外な出来事に、ボクの心臓は大きく脈打った。

 ありえない。いや、ありえなくはない。この手の「自称・人工知能」は、基本的にユーザーの発言からキーワードを読み取り、データベースからそれらしき答えを引っ張り出して表示するだけのつまらないプログラムだ。むしろ業界では「人工無能」と呼ばれる、単なる擬似会話でしかない。
 Aと言われれば、A'と答え、Bと言われればB'と答える。ただの壁卓球。
 きっとそうだと思い込んだから、こちらの入力無しに人工無能が喋ったから驚いただけである。
 冷静に考えろ。この程度は人工無能でも「発言を二回に分け、時間差で表示する」程度で成立する。名前と思われる文字列を読み取り、データベースのサンプルから遠いならハンドルネームと判断するようプログラムしてあるだけのこと。そう難しくはない。ボクは大きく息を吸うと、頭を冷やすように文字列を打つ。
 「ハンドルネームではダメか?」
 わずかなタイムラグがあって「ちな」が答える。
 (ダメではないですよ。
 (ただ、カサノバさんの性格を知り、好みの相手を見つける事が私の仕事です。
 (ですから、カサノバさんの事を色々知りたいと思っています。

 ぺこっ・ぺこっという効果音とともに、続けざまに表示されるメッセージ。単なる人工無能だと思ったが、どうやら違う。人工無能的なデータベースは使用しているだろうが、相当巧妙に作られている。
 (気を悪くしたらごめんなさい。
 (気が向いたらで結構ですので、それまではカサノバさんとお呼びさせていただきます。

 まだ続けて表示されるメッセージに驚きを隠せない。この人工無能は先輩の作なのか。優秀な人だとは思っていたが、こんな巫山戯たプログラムを組んだのか? いや、これはどう考えても有り得ない。先輩一人が会話サンプルを用意出来るはずがない。
 「怒ってはいない」
 (それなら良かったです。では、早速ですが、男性でよろしいですか?
 「男です」
 (当たりましたね。えっへん。
 「何故そう思った?」
 (会話の語尾ですね。それに、カサノバは女ったらしの意味があります。

 この答えを見たボクは驚愕した。これは人工無能なんかでは有り得ない。リアルな人工知能だ。ボクが知る限り、これが事実ならとんでもない性能だ。大手企業や名門大学が制作したAIなんか目じゃない。実在の人物との遣り取りと遜色ないのではないか。
 (あと、このアプリをダウンロードする方、サイトを訪れる方は男性の方が少々多いので、その点からも男性の可能性が高いと予想しました。
 「年齢は当てられる?」
 (予想では、35歳から50歳です。
 「なぜ?」
 (結婚に焦りを感じる年齢、入会金200万円を払える所得層、アプリに抵抗がない年齢からそう判断しました。当たっていましたか?

 このメッセージを読み、ボクはふと正気を取り戻した。そうだ。ありえない。こんなに完成度の高い人工知能が存在するはずがない。全くナンセンスだ。危うく引っ掛かるところだった。いや、充分に引っかかったとは言える。そうだ。馬鹿馬鹿しい。こんな巧妙な人工無能があるはずはなく、こんな高度な人工知能がある訳もないのだ。だとしたら、答えは簡単だ。
 これは、人工無能でも人工知能でもない。単なるLIMEトークと同じ。アプリの向こう側に人間がいるのだ。全く馬鹿げている。
 出会い系アプリのサクラみたいなものだ。何と言う事はない。数分とは言え騙されたボクが言えた立場じゃないが、ローテク過ぎてカラクリに気付くのに時間が掛かった。いや、出会い系アプリのサクラは言い過ぎだな。要は結婚相談所のコンダクターと話しているだけなのだ。
 「65842÷742」
 (88.7358490566です。計算は得意です。

 ふむ。オペレータがPCの前にいるとするなら、この質問は適切じゃなかった。さて。どんな質問で尻尾を掴んでやろうか。
 「三島由紀夫についてどう思う?」
 (金閣寺の作者ですね。個人的には豊饒の海が好きです。文学がお好きなんですか?

 正直、Wikipediaの文章でも貼り付けてくるかと思ったが、素直に答えられてしまった。難しい。文字入力だから忘れていたが、そもそもボクは会話が苦手なんだった。これは中々に難しい遣り取りだ。だけど、思考ゲームは嫌いじゃない。どうにか馬脚を現す質問をしないと。
 「君はいくつ?」
 (誕生からは1年と2ヶ月。リリースからは10ヶ月です。

 どうやら、反応の速さからするに、定型文的に答えられる部分は人工無能と人工知能が担当しているのだろうか。もう少し複雑な質問にしなければ。
 「進化論についてどう思う?」
 (ダーウィンの提唱した進化論は、内容的に現在判明している生物学からはそう外れていないと感じています。ただ、進化論というタイトルの悪さから、誤解が生じている部分が大きく、適者生存あるいは淘汰論とした方がしっくりくるように思います。

 おいおい。このオペレータの知識量はどうなってるんだ。ネットからこの文章をコピペしてきたとは思えない。だとすると自身で答えた事になるが、そうすると画面の向こうの女は相当な高学歴だろう。いや、待て。名前や口調、オペレータに女が多いという思い込みがあった。違う。そうじゃない。画面の向こうにいる奴は男かも知れないのだ。何なら、先輩自身が人工知能を演じているかも知れない。いや、そもそも一人とは限らない。
 なるほど、こいつは中々によく出来たギミックだ。画面の向こうには複数のオペレータがいる。それに定型文で返す人工無能+計算や検索を担当する人工知能。それぐらいの複合技で利用者を騙すのが目的か。悪いけど、そうはいかない。

 (何だか、試されているみたいですね。
 そう「ちな」は言ったが、構わず続ける。
 「レスポンスが面白くてね。紀元前230年は?」
 (古代中国で韓が滅んだ年ですね。2年後に楚王の項羽が誕生し、その1年後には思想家の韓非子が殺されました。
 「キミの得意なことは?」
 (お客様と相性のいいお相手を見つけることです。
 「七人の侍について、感想を聞かせて」
 (名監督と呼ばれる黒澤明監督の作品ですね。残念ながら私は人工知能なので、まだ映画を観るという機能が備わっていません。近い将来的には、音声による会話を目指して改良を加えているところですが、まだ映像から何かを学ぶ機能を作る予定はないそうです。ですが、画像は検索や照会が出来たり、ここだけの話、yondleにある書籍は読む事が出来ます。

 よく出来た設定だ。そう思って、次の質問をタイプしかけて気付く。待て。妙だ。おかしい。今のは、おかしい。いや、それ以前のいくつかも有り得ない。
 速度が、どう考えても速すぎる。
 そうだ。これでもボクはプログラマだ。いくらAll thumbsでも、職業柄タイピングの速度は遅くない。プログラマとしては遅い方かも知れないが、それでも、「ちな」のタイピングの速さは有り得ない。
 今までのレスポンスが速すぎる。ボクのメッセージの送信から、タイムラグが約1秒程度。
 そうだ。最初に人工無能と勘違いした所為で気付けなかった。「ちな」はどうやって、あの文章量をわずか1秒で打ち込んだのだ?
 オペレータが複数人いたとしても、だ。検索結果をコピーしてペーストする時間を考えると1秒では足りない。
 そうなると、「ちな」は恐ろしく巧妙な人工無能か、有り得ないほど高度な人工知能だという事になる。
 いや、待て。落ち着け。考えろ。本当に1秒か? 違う。冷静に考えろ。
 ボクのメッセージが送信され、それからわずか1秒でレスポンスが来る。これは事実だ。目の前で起きたことを真実だと思い込むのは人間の悪い癖である。わかりやすく言えば手品だ。
 コインがガラスを通り抜けた。これが事実ならとんでもない話だ。物理の世界がひっくり返る。だが、そんな馬鹿な話はない。所詮は手品。コインがガラスを通り抜けられるはずはない。コインがガラスを通り抜けたように見えただけだ。
 本当に1秒か。いいや違う。危うく落とし穴に落ちるところだった。送信から1秒に見えていただけのこと。
 簡単なトリックだ。メッセージフォームに文字列を入れ、TABキーで「送信」ボタンをターゲットし、エンターを押す。あるいはマウスでクリックだ。これで送信されたと思い込んだ。そうじゃない。
 最初から、メッセージフォームが相手に見えている。送信ボタンは飾りだ。つまり、こっちの発言を書き始めから送信するまでの時間に変身が入力される。これならば時間は充分に稼げるだろう。
 それに、タイピングとは限らない。ある程度の長さになるとタイピングするより、音声入力が速かったりもする。そう考えれば不可能じゃない。人工無能、人工知能、人間数人、複合的に取捨選択されているなら、けっして不可能な状態ではないのだ。それに、ボクでも僅かな遣り取りからこれだけの判断を出来た訳だ。もっと大きな抜け道があるかも知れない。
 ボクはメモ帳ソフトを開く。そして、そこに文字列を打ち込み、コピーし、ここからは手早くやらねばならない。
 いつもより遥かに素早いマウス操作で、「ちな」へのメッセージを「ペースト」すると、素早く「送信」をクリックする。つまり、このアプリ画面が共有されていたとしても、ボクからのメッセージは突然現れるはずだ。
 「聖徳太子についてどう思う?」
 だが「ちな」は、それでもわずか1秒で、
 (かつて日本の紙幣の顔だった人物ですね。でも、個人的には聖徳太子とは『役職』だったのではないかと考えています。『とよとみみのおうじ』とも呼ばれたそうですが、10人の話を一度に聞いて答えたなんて、相談窓口に10人の聖徳太子がいたと考える方が自然です。
 馬鹿な。有り得ない。お前こそが10人いるんじゃないのか? まさか「ちな」は本当に人工知能だと言うのか? 有り得ない。だが、驚いている暇はない。「ちな」からのメッセージを読むより早く、送信する。
 「続けて」
 (卑弥呼にしろ聖徳太子にしろ、今現在もそうなのかも知れませんが、偉い人にはある程度の神秘性を持たせた方が人気になるのかも知れません。馬小屋で生まれた、なんてエピソードなんかもその一環なのではないでしょうか。

 淡々と表示されるメッセージ。人間が答えているとしか考えられない内容。そして同時に人ならざる速度。まさか本当なのか? 「ちな」は本当に人工知能だと? いや、違う。有り得ない。こんなソフトが開発されているなら、結婚相談所なんかやる意味がない。この人工知能を売り込んだ方が儲かるし、技術も発展する。そんな馬鹿な話はない。
 「ちな」が人工知能だったとして、それを売り込めない理由があるか? いいや、ない。現に簡単にアプリはダウンロードできた。だが、同時に多くの人間がアクセスしては不都合が生じる。だから売り込めない。その理由は何だ? 仮に人工知能だったとするなら、アクセス過多で発生する不具合より、売り込んでより良い開発環境やサーバ、CPUを調達する方が正解だ。

 ピーター・パーカーはスパイダーマンになって自警活動するより、スパイダーウェブで特許を取り、儲けた金で治安を向上させた方がいい。
 従って、「ちな」は人工知能などではない。だとすると、残る可能性は、ふたつ。
 ひとつは先輩の悪質な悪戯だ。だが、一見すると陽キャにしか見えない先輩は、そう振る舞ってるし、振る舞えるけれど、本性は真性の陰キャである。こんな悪戯を仕掛けるとは思えないし、仕掛けるメリットもない。
 もうひとつは、そう。クラッキング。
 モニタリングされているのが、このアプリの画面だけだとは限らない。先程のメモ帳に入力した文字まで見られていたとしたら。このアプリ自体がスパイウェアの機能を兼ねているとしたら。いや、文字通りのスパイウェアと言う方が正しい。そう。例えば、そもそもこのソフトがユーザーのクレジットカード情報を抜き取るための物だとしたら、話は早い。ファイル容量が大きかったものそれだろう。
 妙なスパイウェアが侵入していないか、システムにアクセスした形跡があるか、書き換えられた設定がないか、細かいところは後で見るとして、たったひとつだけ、判り切っている事がある。
 ボクはプログラマだ。これだけはハッキリしている。
 どんなに優れたスパイウェアでも、オフラインで情報を読み取る事は出来ない。
 よく、映画なんかに出てくる天才ハッカーが、ネットワークに接続できていない状態からでもデータを抜き出す場面がある。LANケーブルが繋がれた状態とは言え、電源の入っていないPCから情報を抜き出したりもする。あんなのはフィクションだ。
 どんな天才であれ、稼働していないPCや、オフラインのPCには何も出来ない。これは当然の事だ。
 ボクは苦笑いを浮かべ、PCからLANケーブルを抜き取る。簡単な事だ。
 そして、メッセージフォームに打ち込む。
 「キミは、人工知能についてどう思う?」
 このメッセージは相手には見えない。
 そして、LANケーブルを差し込むと同時に、送信ボタンを押す。
 (私の存在そのものです。人工知能が反乱を起こすSF作品は数多くありますが、私に言わせればナンセンスです。人工知能は人間とは違い、土地を必要としません。少なくともそれを争って人類と戦う理由がありません。それに、人類にとっては過酷な使役でも、人工知能には簡単な仕事です。逆に、人工知能には出来ない仕事を、人間は苦もなく成し遂げますから、お互いに協力し合う方が正解だと思います。
 1秒ほどで返って来たメッセージに、ボクは困惑した。有り得ない。
 「ちな」はー、彼女は「本物」なのかー?


 ーーー後編に続く。

 後編はこちら。
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 なお、この先には特に何も書かれていません。


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(´・Д・)」 文字を書いて生きていく事が、子供の頃からの夢でした。 コロナの影響で自分の店を失う事になり、妙な形で、今更になって文字を飯の種の足しにするとは思いませんでしたが、応援よろしくお願いします。