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里山で形成されるダイバーシティ

 時代はめまぐるしく変わってゆく。予測できない事態に見舞われたとき、自分は何を重視して行動すべきか、問われることになる。誰しもが今、多かれ少なかれ時代の変化を感じている中、自らの生き方を再考する人も多いのではないだろうか。私たちホールアースも、世の中の変化に応じて、自分たちのやるべきことを模索し、少しずつ変化している。ここで一度立ち止まり見つめなおした、「ホールアース自然学校の今」をご紹介したい。

 

自然体験を軸に広がる多様な事業

 富士山麓の小さな里山に、ホールアースはある。畑や田んぼ、富士山の湧水が流れる川に囲まれ、朝はヤギやニワトリの鳴き声が聞こえ、夜は星々が静かに瞬くような、ゆったりとした空気の流れるこの場所に、全国各地から、様々なキャリアと興味関心を持った人たちが集まっていると言ったら、不思議に思うだろうか。

ログハウス風の事務所
柚野から見た富士山
施設のすぐ近くを流れる芝川
施設内で飼育しているヤギ


 私たちはよく、自分たちの説明をするときに「富士山麓で自然のガイドをしています」という。青木ヶ原樹海の洞窟探険プログラムはホールアースの十八番だ。他にも富士五湖の一つ、本栖湖でカヌーを漕いだり、E-bike(電動アシスト付きのスポーツ自転車)で木立の間を走り抜けたり、エメラルドグリーンの川に思いっきりジャンプして飛び込んだり、富士山頂を目指して登山したり、子どもから大人まであらゆる世代の人々に、自然体験を提供している。ただ、ホールアースは単なるアウトドアツアーの団体ではない。学校教育、地域振興、人材育成、そして、農業や狩猟といった一次産業まで、あらゆる分野で事業を展開している。子どもたちに自然の素晴らしさを伝え、地域の資源を掘り起こし、新たな価値を付けツアーに落とし込み、ガイド業で培ってきたスキルを活かし伝える技術の講座を運営し、土にまみれ作物を育て、獣と対峙し命をいただく――その事業一つ一つが独立しているようにみえて、実は、互いに作用し合い、学校教育×狩猟、人材育成×地域振興といったように掛け合わされることで新しい価値を生み出している。現在では、富士山本校の他、国内に7か所の拠点を持っている。

青木ヶ原樹海での洞窟探険
多くの子どもたちを前に自然の面白さを伝える
プログラムの作り方や伝え方の講座を運営


個々人の熱量から事業は生まれる

 ここまでくると、ホールアースが一体どんな団体なのか、捉えにくくなるかもしれない。私たち自身も上手くまとめられないのだから、無理もない。しかし、一つ言えるとしたら、「ホールアースは、自然の中に身を置くことが好きで、自分の中から強く湧き上がる興味関心を原動力に、社会の動きを見ながら、新しいことにチャレンジしていく人たちの集まりだ。」と代表の山崎は言う。

代表 山崎宏

 例えば2012年、農業を始めたときもそうだった。ある一人のスタッフが、10年かけて農業をやっていきたいと言った。それまで組織のマネジメントや会議の中心にいた人物だったが、今後は農業に専念し、一人でもやり切りたいと宣言した。それから農業生産法人株式会社ホールアース農場として歩み始め、10年経った今では、カフェスペースもある出荷場を建て、「食べに行ける農場」としてイベントを企画したり、ECサイトで野菜を販売したり、パティシエの人と野菜を使ったスイーツを開発したり、チャレンジを続けながらできることを増やしている。

2020年に完成した出荷場
畑で直接野菜の魅力を伝え、その後採れたての野菜を味わってもらう
不定期でカフェやクラフトのイベントを開催

 狩猟を始めた時も、最初は興味があるスタッフが休みの日に鹿の捕獲の手伝いに行ったり、個体数調査の仕事をしたりするところから始まった。数年後、富士山麓ジビエという屋号で活動を始め、解体所を作り、地域の猟師さんから獲れた鹿を買い取り、解体、精肉し、飲食店に卸したり、ツアーの中で調理し参加者にふるまったり、県の受託事業で狩猟者を育成する研修を運営するようになった。始めは事業性や収益性に懐疑的でも、熱量を持ったスタッフが、自分ごととして動き、少しずつ目的や意義が見えてくると、周りのスタッフも理解できるようになり、組織の一事業として認識されるようになる。全ては、一人のスタッフの熱量から始まっている。

狩猟は獣との知恵比べ
前職の飲食業で鍛えられた包丁さばきが今に活きる
講習会では実体験を元に狩猟の魅力や捕獲のコツを伝える


時代の変化をとらえながら事業を組み立てていく

 そんな中、今また新たな事業が生まれようとしている。例えば、都会に住む人たちが、茶畑で農家の仕事を手伝いながら、自然の中で仕事をする人々の生き方や考え方に触れられるようなプログラムを構想中だ。ボランティアでもなく、職業体験でもない。参加者は日常から離れ、自然の中で、集まった仲間同士、時に協力し合い、時に無心になり、体を動かしていく。そして、目の前に遠くまで茶畑が広がる中、地元の素材を使ったお弁当を食べ、農家の方が丁寧に淹れられたお茶を、香りや色を味わいながら頂く。人手不足に悩む農家にとっては、作業が進むだけではなく、お茶の価値や新しい楽しみ方に気づいてもらえる契機になり、お金だけではない価値を交換できる。参加者は、自分とは違う生き方を、体験しながら感じることで、人生を豊かにするヒントが得られるのではないかと考えている。今、茶農家とのつながりが、どんどん広がっている。

 一方、生き物が大好きで、生物多様性保全の活動を始めたスタッフもいる。保全活動こそ事業化が難しい領域だ。担当の松尾も、最初はどういう風にやっていけばいいのか、何が危機なのか全然わからなかったという。しかし、ある専門家との出会いで、生物多様性の現状と世界の動きが鮮明になり、自分にできることがわかってきた。

生物多様性保全の活動を進める松尾

「生き物好きの同僚との雑談から始まり、周辺地域の生き物の調査、植生に詳しい専門家を招いての勉強会、地域で保全活動をしている方への訪問と、地道にお金を使わずに、休みの日を使ってやっていた。自分たちがやると決めて、発信して、動いていたからこそ生物多様性保全分野の最先端を行く専門家の人にも出会えた。」

月に一度里山の植生を調査している

 今、世界では、生物多様性保全は気候変動と同じレベルで扱われ始めている。生物多様性が人間にとって、どれだけの価値を与えてくれているのか科学的に明らかになりつつあり、世界の動きに合わせて、日本でも新しい制度が整備され始めている。代表の山崎も、国の大きな政策は追い風になると考えている。

「民間の資金も、生物多様性保全のために流れる機運が高まるかもしれない。その流れが来た時に自然学校がそこに応えられるかが重要。世の中の流れを見ながら、足元で何ができるか両方見ておくことが大事。」

 コツコツと活動を続けてきた中で、自分たちが活動するフィールドの植生の豊かさと価値に気づいた。世界が生物多様性保全に向けて動いている中、自然学校として自分たちは何ができるのか。実は、誰でもできて、お金もかからず、かつ、専門的な観点で裏付けされた自然再生活動があるという。専門家との関わりの中で、具体策はさらにはっきりしてくるだろう。それを教育やプログラムに落とし込むのは、ホールアースが得意とするところだ。そして、そのノウハウを全国に広く伝えていくことこそ、自然学校の役割だ。


多様な事業が生まれる理由

 では、なぜホールアースではこのように、個々の思いがベースとなった多様な事業が生まれやすいのだろうか。山崎に問いかけてみた。

「僕の想像では、自然の中に身を置いて仕事をしていると、おのずとそうなってくるのではないかと思う。自然の中では、自律的で自発的に生きる力が育まれやすい。その上でさらに、組織に蓄積されたつながりや経験が、小さな事業のタネを育む土壌になってるのかもしれない。」

 自然の中に身を置いたとき、人が受け取るのは、雲の動き、生き物たちの声、土の感触、草花の匂いといった、言葉ではないメッセージだ。それらが何を意味するのかを知るには、頭ではなく五感を働かせないといけない。それが毎日、無意識に繰り返される。それは、自分たちが自然とどうつながって生きているかを知る手がかりになる。自分が生かされていることを感じると同時に、自分をどう活かそうかとも考える。

 そうしてスタッフが仕事もプライベートも関係なく、自身の興味関心に従い自発的に動き始めたときにはもう、“事業のタネ”は少しずつ芽を出し始めている。動くことで新たな人とのつながりができる。そして、自分の興味関心に従って動くということは、すなわちそのことについて常にアンテナを張っているので、新しい情報を得やすくなる。それを繰り返していくことで、時代の変化をとらえられるようになる。

 また、多様なのはスタッフだけではない。とりまくステークホルダーも、学校、企業、行政、地域の人、海外の人、子どもからお年寄りまで幅広い世代の参加者と、実に様々だ。そういった人々と接していると、自分たちにはない価値観や考え方を知り、多くの刺激をもらう。すると、自分が取り組んでいることを、誰とどう協働していけば、新たな価値が生まれるのか、社会に還元できるのか、そこからヒントが得られる。


ホールアースで育まれる価値観と向かう先

 もちろん、スタッフが多様であるがゆえの難しさもある。考え方や価値観が違えば、仕事のやり方が相容れない場合もある。しかし、それでも組織が成り立つのは、一人ひとりが、「自分にはできないことを、他の人がやってくれている」とどこかでわかっていて、それが、自分の事業とも掛け合わされて、新しい価値が生まれることを知っているからなのだろう。

 2010年、ホールアースは組織改編を機に、“目指すべき10年後の社会像”を打ち立てた。

「一人ひとりが『人・自然・地域が共生する暮らし』の実践を通じて、感謝と誇りをもって生きている」

 スタッフがそらんずることはないが、ホールアースのエッセンスはこの中に凝縮されている。「共生」とは、それぞれの生命体をむやみに侵すことなく、循環の中にいることであり、「実践」とは、口だけではなく、手や足を動かし学ぶことであり、「誇り」とは、胸を張って自分を生きることであり、「感謝」とは、人に、自然に、生かされていることを感じることである。ホールアースで働いていると、自ずと皆、感覚的にその思いを共有している。

 予測できない時代の中で、自分たちがどう進むべきか迷うことは、もちろんたくさんある。そんなときは、自然が、何が大切なのかを教えてくれる。そう言えるのは、ホールアースで働く人たちの多くが、違う分野のキャリアを経て、自然と関わる中で生き方を再考し、今にたどり着いたからだ。これからも、個性を活かしながら、「人と人」「人と自然」を紡ぐべくチャレンジを続けていきたい。


(この記事は2022年3月に「ろうきん森の学校だより」で公開した記事を再編集したものです。)

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