#009-へっぽこ論理学で考える“努力”
ボクシング漫画「はじめの一歩」で、主人公の師匠が言うセリフです。
漫画界屈指の名言として様々な場面で引用されています。
私もサラリーマン時代から農業を始めた現在まで、仕事で成功するうえで努力の大切さというのは何度も何度も強調されてきました。
「努力」と「成功」について端的に表現した上記のセリフを、少し論理学っぽく考えてみます。
命題と対偶
論理学の概念に命題・逆・裏・対偶というものがあります。
・命題;我々の判断などを述べた文で、真か偽に定まる(もしAならBだ)
・逆;仮定と結論を反対にしたもの(もしBならAだ)
・裏;仮定と結論を否定したもの(もしAでないならBでない)
・対偶;命題の裏の逆もしくは逆の裏(もしBでないならAでない)
論理学の大事な規則として、
「命題が真なら対偶も必ず真だが、逆と裏は真か偽か分からない」
というものがあります。
論理学で考える鴨川会長のセリフ
鴨川会長のセリフは、2つの事を述べています。
これはある隠れた命題に対する裏と対偶なのではないでしょうか。
・隠れた命題;?
・逆;?
・裏;努力をすれば、成功する(とは限らん=真か偽か分からない)
・対偶;成功した者は、みな努力している(真)
隠れた命題を補完すると、下記のようになると思います。
・隠れた命題;努力しないと、成功しない(真)
・逆;成功しないのは、努力をしないから(真か偽か分からない)
・裏;努力をすれば、成功する(とは限らん=真か偽か分からない)
・対偶;成功した者は、みな努力している(真)
つまり鴨川会長が言いたいのは「努力しないと成功しないよ」と言い換えても良く、対偶が真であるなら命題も真であると言えます。
また命題が真でも裏が真であるとは限りませんが、鴨川会長もちゃんと「全て報われるとは限らん」と留保しており、論理学的に正しいセリフです。
鴨川会長のセリフの逆・裏
前述のように命題が真でも、その逆や裏が真であるとは限りません。
「裏;努力をすれば成功する」というのは一見正しそうですが、もしこれが真だと仮定すると、その裏からみた対偶関係である「逆;成功しないのは努力をしないから」も真であるという事になってしまいます。
「現代社会はこの勘違いを犯している」というのがマイケル・サンデル教授の問題意識の一つであるように思います。
マイケル・サンデルの問題意識
サンデル教授は「正義論」で有名な政治哲学者です。著書「実力も運のうち」で、述べている内容を私なりに要約すると下記のようになります。
・成功の要因は本人の能力や努力だけでなく、幸運や社会状況や周囲のサポートなどたくさんの事柄が関連している
・成功の要因を本人の能力と努力だけに還元し過ぎると、成功者の傲慢な態度と過度な報奨が正当化される
・上記の裏返しとして失敗が本人の能力と努力不足のせいにされる。過度な自己責任論が強調され、失敗した本人も自己嫌悪に陥りやすくなる
成功者と失敗者の溝が現代アメリカ社会を分断した亀裂であり、その格差は広がり続けているというのが彼の鳴らす警鐘でした。
努力と成功に対する正しい態度
日本のスポーツ界でも「報われない努力があるとすれば、それはまだ努力とは言えない」という言葉が名言とされていますが、上述までの議論を考えると必ずしも真とは言えず取り扱い注意です。
もちろん努力は必要なのですが、幸運や周囲や社会のサポートにも感謝できるバランス感覚も必要です。
つまり成功について考える際に大切なことは、
という風に要約できるかも知れません。
[本日の参考文献]
17:40〜 本記事を書く発想元になったことを話しています
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