ロッキー_バルボア004

知られざる事情

ーオレとアチキの西方漫遊記(29)

「完食ですね」ー。くすっと笑いながら、民宿の若女将が夕食の空いた食器などをはじめ、てんこ盛りの鰹のタタキがすっかりなくなった大皿を下げてくれた。きっと息も絶え絶えに完食する姿がおかしかったのだろう。ただ、形はどうであれ、ミッションコンプリート。バンザイ三唱だ。手際よく片付ける若女将に、はち切れんばかりのお腹をさすりながら、5人前の鰹のタタキを出すならば、食べ放題にした方が良いのではとぶつけてみた。この会話をきっかけに、これまで知らなかったいろんな事情を知ることになる。

前回のお話:「口も頭もフル回転」/これまでのお話:「INDEX

「食べ放題」問題

ボリュームある夕食に加え、5人前の鰹のタタキを完食するには、夫婦二人ではさすがに厳しい。奥さんが戦線に復活したものの、食べる量に多くを期待できない。そのため、最後の追い込みはお茶漬けに載せ、ご飯と一緒にかっこむように食べた。味わって食べた当初とは比べようもない姿だ。

食べ放題であれば、これほど苦しい思いをすることはなかっただろう。物足りない分を小刻みにオーダーできるため、無駄なく鰹のタタキを楽しめたはずだ。ただ、この提案に若女将は「あー、それな」という感じで、こう返してきた:「最初は食べ放題だったんですよ、うちの宿」

若女将003

若女将によると、仕入れ量が一定しないので止めたらしい。「食べるお客さんだと途中で在庫がなくなってしまう。逆に食べないお客さんだと余ってしまい、生ものだけに廃棄するしかなくなってしまう。その負担はとても大きい」という。なるほど、その事情はよく分かる。

そういえば、仁淀川で泊まった老舗民宿の女将さんも同じこと(※)を言っていた。大きな旅館ならまだしも、小さな民宿ではそれほど大勢の客を見込めず、仕入れを管理できなければ赤字に直結する。果ては廃業につながりかねない。民宿経営は予想以上に難しい。それを思い知らされる。

"土佐っ子"プライド

若女将と入れ違いにやってきた女将さんも完食したことを聞き、にっこり笑う。そこで、今度は別の質問をぶつける。鰹のタタキはタレとおろししょうがの組み合わせだが、この宿ではタレとおろしにんにく。この宿ならではの食べ方なのかと尋ねる。すると、女将さんは急に訝しげな表情になる。

「鰹のタタキは普通、にんにくですよ」ー。女将さんは怒ったようにいう。鰹のタタキの本場である高知県、そこで暮らしてきた"土佐っ子"のプライドに触ったらしい。「しょうがで食べるところもあるかもしれませんが、ここではにんにく。皆、そう答えるでしょう」と、ピシャリ。

お調子者の試合運び004

われわれ夫婦はその勢いに押され、目を丸くしながらもウンウンとうなづくばかり。女将さんは続ける。「子どもたちも一人前くらいはペロッと食べますね。一人前くらいでは物足りないようで、もっとないのかと言われるんですよ」とのこと。さすが本場、まさに高知のソウルフードである。

後日、高知出身以外の人たちに尋ねると、やはりしょうがが圧倒的に多い。察しがいい上司に至っては「そう尋ねてくるということは、しょうがではないんだな」と、ニヤリ。にんにくと答えると、意外な表情を浮かべていたが、やがて「それもありだな」と言って食事に出かけていった。

味を連想し、お腹が空いたようだ。(続く)

(写真〈上から順に〉:盛り沢山のボリューム料理完食に諸手を挙げて喜ぶ=飯田橋ギンレイホールの画像を元にりす作成、食べ放題時代の仕入れ管理の難しさを語る若女将=フリー素材などを基にりす作成、鰹のタタキと生にんにくと合わせる食べ方が本場の王道=りす)

関連リンク(前回の話):

「オレとアチキの西方漫遊記」シリーズ:


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