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旅の休日

「ヨーロッパ」と聞くだけで洒落た街並みを想像してしまう。全てが洗練とし、古き良き伝統を残しつつも新たな時代を進んでいるという印象だ。

予定がなかった日曜日、僕は散歩に出掛けた。コーヒーを片手に何の予定も無しに文字通り街をぶらぶらと歩く。観光地に行くことは旅人にとって義務みたいなもので、だったら行かなければいいと言う言葉を以てやめることもできない。仕事や学校に行きたくないけど行くのと同じように代表的な観光地に行くことが体にプログラミングされているのだと思う。その一方で、旅の休日は現地の人々と似たような視点でその町を見ることができるから、僕は旅の休日が好きだ。

ポルトを散歩していると、威厳のある建物が誇らしげに、でも穏やかに立ち並んでいた。ヨーロッパの多くの地域では街並みは歴史ある景観を破壊しないようにデザインがなされており、ポルトの街並みもそれに倣っているようだ。しかし、かつてスペインの植民地だった南米の国々で目にしてきた建築物とは趣がまるで違う。どこか落ち着いた成熟した雰囲気だ。日本人の僕にはそれが《わびさび》に通ずるものがあるように感じた。

18世紀にイタリアの芸術家によって設計された、クレリゴスの塔はポルトのシンボルだ。塔の中を覗くと中規模な教会になっており、ちょうど結婚式が挙げられていた。ポルトガルは人口の90%以上がカトリックの国で、縁起の良い日曜日は町中の教会で挙式が挙がっていることを後で知った。当時、人生で一度も結婚式という式典に参列をしたことがなかった僕にとっての初めて参列した、否、覗き見をした結婚式がどこの誰だか知らない夫婦の結婚式だと言うことだ。それでも何だか幸せな気持ちになるのだから結婚式はとてつもないパワーを持っているのではないか。

クレリゴスの塔は上階まで登れるようになっており頂上からは美しい景色を眺めることができる。頂上から眺めるポルトの街並みはは絶景である。琥珀色の屋根がぎっしりと敷き詰められ、所々に豪華な装飾を纏った教会が点在する。地形上、坂が多いからか建物の背の高さがバラバラでその不揃いささえも一つの作品のようだった。ポルトを東西に流れるドウロ川沿いには特産品のワインを貯蔵するためのワイナリーが並び、ドン・ルイス一世橋が陸と陸をつなぎ合わせるようにアーチ状に架かっていた。こんな美しい場所に暮らす住民が羨ましいと素直に思った。

ジブリの代表作・魔女の宅急便の製作が始まる直前、宮崎駿はこの街で休暇を取っていたという逸話からポルトの街並みは魔女の宅急便のモチーフにもなったと言われている。真偽は分からないが、宮崎駿だってこの景色を見て心を動かされたはずだ。

日が暮れて、ドウロ川沿いのレストランでポルトワインを頼む。せっかくなら川を眺めたいとテラス席に座った。3人組のバンドが奏でるアコースティックな音楽に酔いしれながらも一人でいる孤独がより浮き彫りになり、友人や恋人と談笑する他の客を羨ましく眺めていると、注文したポルトワインとお通しのオリーブが運ばれた。まずは一口だけ味を確かめてみる。発酵途中でアルコールを加えるポルトワインはまるで蜂蜜のようなまろやかな甘味を持っており、オリーブの酸味との相性が抜群だった。ワイングラスを右手に持って夜空に掲げてみる。夜空を透かすその白のワインは僕が知っているどのワインよりも艶らしくて、優しい味をしていた。

酔いが体を支配し始めた頃、僕は夜風にあたりながらちょっと遠回りをして宿に戻った。薄暗いポルトの路地裏はノスタルジーが残っており、ミュージカル映画の中にでもいるような錯覚だった。ワインの甘い香りとほんのりと漂う大西洋の潮の香りがミックスした独特の香りが旅の休日の思い出だ。


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