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行政機関にデザインの専門性の調達ニーズが生じている背景について


 以下11月に開催する法人主催研修で、「デザイン思考」について取り上げる。研修参加者の中には行政機関の社会福祉専門職も多い。

 本稿では,行政機関にデザインの専門性の調達ニーズが生じている背景ついてみていきたい.ここでは,キーワードとして,「デザイン経営」,「サービスデサイン」を取り上げ.企業や行政において,デザインに関するニーズが顕在化した背景について,国内外の状況を踏まえて述べていきたい.

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⑴デザイン経営

2018年5⽉23⽇に,経済産業省・特許庁の産業競争⼒とデザインを考える研究会から,デザインによる企業の競争力強化に向けた課題の整理と対応策をまとめた「デザイン経営宣言」が出された.

 「デザイン経営」とは,デザインを企業価値向上のための重要な経営資源として活⽤する経営であると定義され,宣言の中で国は,今後5年をかけて,企業や大学におけ高度デザイン人材の育成,海外人材の獲得,意匠法の改正,デザインを活⽤する意欲を持つ企業の取り組みを後押しするため,財務⾯でのインセンティブ措置として,デザインに対する補助制度の充実・税制の導⼊の検討などを行っていくとしている.

 宣言の背景には,少子高齢化による労働力減少局面を迎えた日本における産業の国際競争力の低下がある.世界の主産業は,第四次産業⾰命以降のソフトウェア・ネットワーク・サービス・データ・AIの組み合わせ領域に急速にシフトしつつあり,インターネットに接続された製品やサービスにおいては,顧客体験の質がビジネスの成功に⼤きな影響を及ぼすようになった.そのため,顧客と⻑期に渡って良好な関係を維持するためのブランド⼒,顧客視点を取り込んだイノベーションの創出を目的として,顧客体験の質を⼤幅に⾼める⼿法であるデザインに注⼒する企業が,急速に存在感を⾼めていった.

 アップル,ダイソン,良品計画,Uber,AirbnbなどのBtoC企業のみならず,スリーエム,IBMのようなBtoB企業も,デザインを企業の経営戦略の中⼼に据え,経営資源として活⽤している,また,コンサルティングファームによるデザインファームの買収などもみられるようになり,デザインは,まさに産業競争⼒に直結するものとなった.

 ⼀⽅,⽇本では経営者がデザインを有効な経営⼿段と認識しておらず,グローバル競争環境での弱みとなっている.それゆえ,⺠間企業のデザインに対する意識を⾼め、「デザイン経営」推進のきっかけを作るとともに、意欲ある企業の取り組みを制度⾯から後押しするため,情報分析・啓発、知財、⼈材、財務、⾏政の実践の5つの観点から政策提言がなされている.

 本宣言は,「デザイン経営」と呼ぶための必要条件として経営チームにデザイン責任者がいること,事業戦略構築の最上流からデザインが関与することの2つをあげ,企業経営における意思決定の上流にデザインを位置付ける必要があると述べている,

 行政に対しては,「⾏政におけるデジタル・ガバメントの実践」を挙げ,利⽤者視点で⾏政サービスを設計するために,デジタル・ガバメント実⾏計画と連動した「デザイン思考」の導⼊を推進するよう提言している.次に,行政におけるデザインニーズ出現の背景について述べる.

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⑵サービスデザイン
 

行政におけるデザインニーズの背景には,前述したデジタル・ガバメント実⾏計画の存在がある.本計画は,平成30年7月にデジタル・ガバメント閣僚会議において決定された.先端技術の導入によって一人一人のニーズに合った形で 社会課題を解決する「Society5.0」の実現に資するとともに、安心、安全かつ公平、公正で豊かな社会の実現を目指すことを掲げ,以下2点を実現した社会像を目指すとしている.

1)必要なサービスが、時間と場所を問わず、最適な形で受けられる社会
全ての国民がそれぞれの持つ能力を最大限に発揮し、「持続的で豊かな暮らし」を実感することができるように、必要なサービスが、時間と場所を問わず、それぞれのニーズに対して最適な形で届けられる社会を目指す。

2)官民を問わず、データやサービスが有機的に連携し、新たなイノベーションを創発する社会
社会的課題の迅速かつ柔軟な解決や持続的な経済成長を実現するため、多様な主体がITを介して協働するとともに、官民を問わず、あらゆるデータやサービスが有機的に連携し、新たなイノベーションを創発する社会を目指す。

利用者中心の行政サービス改革において,以下サービス設計12箇条に基づいたサービスデザインの思考が重要であると述べられている.

表.サービス設計 12箇条

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 2018年に内閣官房 情報通信技術(IT)総合戦略室は,行政向けに「サービスデザイン実践ガイドブック(β版)」を作成した.本ガイドは,サービスデザイン思考によるサービス・業務改革を進めるため、その基本的な考え方とペルソナ、ジャーニーマップといった手法を案内した内容となっている.

 国内自治体の実践としては,神戸市や滋賀県において先駆的な実践が行われている.神戸市においては,2015年から非常勤のクリエイティブディレクター職が設置され,民間のデザイン専門家が登用された.2017年には,ICT業務改革専門官という係長級の役職が新しく創設され,国際的なデザインスクールでサービスデザインを学んだ専門家が採用され,ICTを活用した業務改革をミッションに,庁内業務におけるクラウド活用の推進や部局の抱える課題解決サポート等に従事している.

 滋賀県庁においては,県庁職員有志による「県民の本年を起点にした、組織を枠を超えた教官に基づく政策形成の実践」をテーマデザイン思考活用した非公式の政策研究プロジェクトが立ち上がっている.デザイン思考の職員研修への導入,高齢者政策におけるデザイン思考の活用が検討されている.

 上記背景から,企業のみならず,行政におけるデザインの専門性調達ニーズは高まっていることが理解できる.しかし,デザイン人材を採用,内製することができる行政ばかりではないため,行政が主となって行なうプロジェクトにおいて,デザインの専門性をアウトソーシングするニーズは今後増えていくことが想定できる.

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【参考文献】

・経済産業省・特許庁(2018)「産業競争⼒とデザインを考える研究会」https://www.meti.go.jp/press/2018/05/20180523002/20180523002-1.pdf (最終閲覧日:2019年8月26日)
・デジタル・ガバメント閣僚会議(2018)https://cio.go.jp/sites/default/files/uploads/documents/densei_jikkoukeikaku_20180720.pdf「デジタル・ガバメント実行計画」 (最終閲覧日:2019年8月26日)
・内閣官房 情報通信技術(IT)総合戦略室(2018)「サービスデザイン実践ガイドブック(β版)」https://cio.go.jp/sites/default/files/uploads/documents/guidebook_servicedesign.pdf (最終閲覧日:2019年8月26日)


アンドレ・シャミネー(2019)『行政とデザイン 公共セクターに変化をもたらすデザイン思考の使い方』ビー・エヌ・エヌ新社 

武山 政直 (2017)『サービスデザインの教科書:共創するビジネスのつくりかた』NTT出版

マーク・スティックドーン;ヤコブ・シュナイダー (2016)『THIS IS SERVICE DESIGN THINKING.』ビー・エヌ・エヌ新社


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