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短編小説「思い出を盗んで」その6 蝉時雨
その6 蝉時雨
夏の昼下がり。
青い空に入道雲が湧き上がっていた。中庭の木々からは蝉たちの声が賑やかに響いている。
彼は二階の私の部屋の窓枠に腰を掛け手摺に体を預けて外の風景を眺めていた。
私はベッドに座って彼を見ていた。
「何をそんなに熱心に見てるの?」
彼は外を見ながら応えた。
「不思議だなって」
「何が不思議なの?」
「夏は暑いし蝉たちは一生懸命鳴い
短編小説「思い出を盗んで」その7 十三夜
十三夜
彼の転帰はいきなりだった。
その夜。
消灯時間がきたので私は読みかけの本に栞を挟んで机に置いた。机の電気スタンドを消し、そのままベッドに入ろうとしたが思い直して本棚に本をしまった。
自分で片付けしないと片付かないのよね…
私はいつか彼から聞いたエントロピー増大の法則のことを思い出して独り言ちた。
部屋の灯りを消してベッドにもぐりこむ。
この療養所に来てもうすぐ一年