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変われ! 東京 自由で、ゆるくて、閉じない都市【読書感想】

建築家の隈研吾と、建築ジャーナリスト/研究者である清野由美氏が対談しながら東京を語る本。冒頭は隈氏のこんなナイーブな筆から始まる。

うまくいっている時、人はなかなか学ばないものである。人は惰性に流されやすい怠惰な生き物で、自分を変えるのは苦手である。本当にひどい目に遭った時、大きな犠牲を払って人ははじめて変わることができる。僕自身を振り返ってみても、酷い目に合って人生がいったん弾けて、どん底になった時にはじめて変わることができた。都市も同じだと思う。

隈研吾

国立競技場を製作した建築の大家である隈研吾氏は自分を「円熟とはほど遠いガキ」と評し、上記の文章を書くようなナイーブさは青年期のような印象だが、実際に建築家として東京を批評する目線は老練のそれであり、手厳しい。

大都市や工場、オフィスビル、電車に人が効率的に詰め込まれる様を「オオバコモデル」と同氏は呼ぶ。東京はオオバコモデルの優等生であり、今なおそのムーブメントを継続している。しかし、ITや金融のような”軽い”産業が主流になり、コロナによってリモートワークが容易になった現在でオオバコモデルは「今や少しも効率的ではない」と指摘する。

とは言え、本書はこのように東京を鋭く論評し反省する本──ではない。東京への不満は数あるが、隈氏が関わった仕事を中心に、ポジティブに変化し始めている東京の建築や街を取り上げる本だ。本稿では池袋について紹介する。

池袋 世にも珍しい行政主導での都市変革

豊島区のJR池袋駅は新宿に次いで2位の乗降数で、地下鉄も含めれば全国1位の巨大ターミナル駅。しかしながら、「池袋には渋谷の華やぎ・都会感は乏しく、新宿の様にすべてを飲み込む貪欲さも欠けている」と清野氏は言う。

昔は闇市や刑務所があり、今はチャイナタウンがある池袋について、隈氏は「ダークなところが面白い」と気に入ってるが、行政的には面白くないだろう(笑)

その池袋が今、攻めの姿勢を見せている。それも投資力のある民間企業ではなく豊島区主導だ。区庁舎の移転新築を皮切りに、2010年からミュージカルや伝統芸能、そして宝塚を楽しめる「ハレザ(Hareza)池袋」やサンシャインシティ隣の「南池袋公園」大規模公園、トキワ荘を復元した「トキワ荘マンガミュージアム」などを建設している。


南池袋公園の様子
池袋はダークな部分が減り、家族が住みやすい街に変わりつつある
 出典:PARKFUL

隈氏によれば世界の都市再生のトレンドは、20世紀の車優先社会から決別した「ウォーカブル=歩けること」。ニューヨークの空中庭園ハイラインなどが代表だ。行政的にも歩行者天国などは事故率が減るため好ましいそうだ。「池袋はその流れをとらえている」

右手の緑地帯がハイライン 出典:HILLS LIFE

ピンチはチャンス「消滅可能性」ショックからの反転攻勢

池袋は「文化」への投資に力を入れている。2019年度のまちづくり予算は約460億円で、特別区としても異例の額だ。この原動力は2023年に亡くなった高野之夫元市長である。本書は生前の高野氏へのインタビューも実施している。

区議を経てから区長選で6選している高野氏だが、最初の13年はひたすらバブルのツケで、財政健全化に取り組まざるを得ない有様だったという。だが、希望は必要だ。公約としてはずっと文化都市への変化を掲げていた。

ようやく財政が健全化したタイミングで、豊島氏は人口の流出が多い「消滅可能性都市」に23区で唯一選ばれてしまった。とてつもないピンチにも思えるが、高野区長はこれを「チャンス」と捉えたそうだ。

なぜなら予算や施策の自由度が低い行政でも、「消滅可能性対策」という名目で次々と手を打てるからだ。「豊島区はチャンスの宝庫だった」と高野氏は振り返る。その後、同氏はファミリー層の取り込みと、文化都市への変化という目標に取り組んだ。

変革の起爆剤となったのが隈氏が手掛けた「としまエコミューゼタウン」であり、庁舎(豊島区役所)と超高層マンションが合築となった国内初の複合施設だ。

としまエコミューゼタウンの外観。一本の巨大な樹木のような建築をめざした。
葉っぱという粒子が樹木の環境を調整するように、エコヴェールと名づけた多機能型環境調整パネル(太陽光発電パネル、再生木ルーバー、垂直緑化パネルetc)で、建築を柔らかく包み込んだ。
出典:隈研吾HP

隈氏はエコヴェールで、戦後にあった木造賃貸アパートを現代風に再生したかったのだという。「日本ならではの僕のやり方は、緑を挟むことで、タワマンという嫌味な建物を庶民の街へとくっつけることだ」と同氏は述べる。

「都市再生には文化が必要だ」と隈氏は言う。それも、借りてきた文化ではなくその土地が育てた文化が。池袋のオタク的な文化は、渋谷の様に洗練されていないかもしれないが、たくましい雑草みたいなもの。それが、新しい開発の中で花開こうとしている。

本書の所感:隈研吾氏への見方が変わった

隈研吾氏に対して、気難しいアーティスティックな人を想像していたが、本書からは違った印象を受ける。起業家スピリッツに溢れ、貪欲に仕事に取り組む姿勢を感じた。建築家の東京論は、コンクリートやマンションへの否定を軸にすることが多いらしいのだが、こうした姿勢を「生産的ではない」と隈研吾氏は否定する。

本書は国立競技場や高輪ゲートウェイ駅などで都市論を語る予定だったらしいのだが、シェアハウスや屋台のような「小さな建築」の話の方が面白いと隈氏が考え、構成が変わったようである。実際、小さい建築として、隈研吾氏が手掛けた吉祥寺での「てっちゃん」の話なども面白かった。読んだ後、東京が少しだけ魅力的に思えた。


焼き鳥屋てっちゃんの内装
低予算ということで、 LANケーブルなどをリサイクルした「モジャモジャ」と
アクリルをリサイクルした「アクリル団子」を内装材から家具にまで使用
「ハモニカ横丁でノスタルジックなものを作ったら逆に負けだと思ったとのこと。
 出典:隈研吾HP

ただし、本の構成がずっと対談形式であるため正直、読みづらかった。情報がまとまっておらず、論点があっちこっち行ってしまっていた。加えて隈研吾氏の生の声であるがゆえに、意図をを捕捉しきれておらず、不明瞭な発言もよくあった。そういう意味では残念。

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