見出し画像

二世帯住宅が完成しない #9 平行線

「「ゴ…ゴセンマン?!」」

私たちは目を疑った。神として信じると誓った設計事務所の社長から、工事費の概算見積書を渡された。
「金 5,000万円」と書かれていた。

私たちは、まだ設計事務所と契約していない。ファーストプランをもとに、工事発注予定の工務店へ概算見積を依頼していた。この金額に納得すれば、めでたく設計事務所と契約の予定だった。

具体的な仕様はまだ決めていない概算見積。キッチンなど設備をこだわると、値段はココから上がっていく。設計料も安くないのに、工事費だけでこんなにかかるとは…。

北野武のような顔で引きつる我々に、社長は説明する。

「完全分離型の二世帯住宅なので、キッチンなど水回りの設備費用は単純に2倍。そのため、高く感じますね。もちろん、単世帯を2軒建てるより、200万円ほどは浮いているんですが。」

200万円しか浮かないのか…。思っていたより浮かないんだな。金銭感覚はすでにマヒしている。

「土地を調べますと、この地域は準防火地域なので、窓は準防火仕様になるんです。この窓が高いんですよね。それも二世帯分なので、通常より300万円ほどプラスになっています。」

土地の条件によって、窓の価格まで全然違うなんて…。知らなかった。

「あと、現在コロナ禍もあって、職人の人件費が高くなっているのもあります。」

嗚呼、コロナ…。会社でテレワークが推奨され、ヤッホイと不謹慎なことを思ったツケが、ここに回る。

「我々の間取り案と、この概算見積書にご納得いただければ、弊社と契約となります。お返事をお待ちしています。」

私たちはトボトボと家路についた。5,000万円という重みがのしかかる。人類の歩みが直立歩行に進化する前の猿のように、背中を丸める。

「思っていたより、高かったね。一旦考えて1週間後を目途に、契約するか結論だそうか。」と私は家族を仕切った。

そんなことを言いつつ、正直、契約していいと私は考えていた。

値段は期待外れだったが、住宅性能に関して設計事務所は信頼できるし、期待を超える間取り案を提案してくれた。ローンを組めば払えない額でもない。うちの両親が、親の負担分を支払える経済力があることも知っていた。

ただ私は、何でもその場の雰囲気で決断するのは好きじゃない。ショッピングでお気に入りの服を見つけても、1日冷静に考えてから購入するようにしている。後悔しないためだ。

しかし、この1週間の猶予を設けたことを、私は後悔することとなる。
翌週末、父は口を開いた。

「あれから住宅展示場で、気になっていた I社に行ってん。こっちの方が家の性能は落とさず、安く建てられそうやで。I社にしない?」

想定外の話に、私は新喜劇のように椅子からずり落ちた。
妊婦だったので気持ちだけ。

かくいう私も、I社のことは調べたことがある。「家は、性能」というキャッチフレーズで、住宅性能が抜群な割に、価格は庶民にも手が届きやすい。つまり、コスパが高いことで有名だ。ただ、設計の自由度が効かないことが難点だった。

「営業の人によると、坪単価が〇万円~らしい。単純に計算したら、200万円くらい浮く。大きいぞ。」

父の考えもわかる。「コスパが高い」は私たちの正義だ。

我々は関西人。私は、幼少期からなんでも「1円でも安く」を美学として育てられた。両親なんて、新婚時に購入したマンションのローン金利(7%)を支払い続けたくないと、7年でスピード完済したツワモノだ。

思い出すのも辛い。当時は、「1か月1万円生活」のTV企画が顔負けする節約生活の日々。好きなお菓子やジュースを一切買ってもらえず、いい年になってもお小遣いはナシ。ひもじい思いをした。

今だって、うっかりエコバックを忘れても、レジ袋を買わず、購入した商品を自力で抱えて帰る。ケチるとは、私たちの脊髄反射だ。

しかし私と夫は、やっと出会えた設計事務所でぜひ建てたいと思っている。提案された間取りやデザインも気に入っていた。母は、「安いのもいいとも思うが、娘達の意見も尊重したい」ということで中立的なスタンスだった。

多数決で父の意見を却下してもいい。だが、「多数決=民主主義」なのか?いや、そんな哲学的なことはどうでもよく、4人でちゃんと気持ちをそろえたい。反対を押し切って進めても、私の後味が悪い。

ここは、父を説得し、皆で同じ方向を向きたい。

しかし、父と話しても永遠に平行線であった。父に反対意見を言えば言うほど、父もI社をかばおうとする。

父はI社営業の虜になっていた。父が違う神を崇拝しようとしている。このままでは収拾がつかない。

せっかく4人の足並みは揃っていたのに、迂闊だった。
これは一刻も早く、実写版ズッコケ四人組として、体勢を立て直さねば…。

数日後、私はI社のモデルハウスに足を運んでいた。

ここまでお読みいただきありがとうございました!これは二世帯住宅を通じて、「家族」について考える連載エッセイです。スキをいただけたら、連載を続けようと思います。応援よろしくお願いします!

この記事が参加している募集

ノンフィクションが好き

これからの家族のかたち

サポートいただけたら、花瓶に花でも生けたいです。