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二世帯住宅が完成しない #10 突撃

「いらっしゃいませ!」

白い歯が光る男性が、笑顔で出迎える。彼は、センチュリー21のケインコスギに似たイケメン。スーツは黄土色でなく、上品なグレーだった。

「二世帯を検討中で、Ⅰ社の家ってどんな感じかな~と思いまして。」「ご案内しますよ。」

私は、I社のモデルハウスに足を運んでいた。
ここまでの経緯を説明させてほしい。

はじまりは、父の藪からスティックな発言だった。
「I社で家を建てないか?工事費が安くなりそうなんだ。」
私は動揺した。

私たちは、設計事務所で二世帯住宅を建てようと、4か月間、打ち合わせを重ね、納得のいく間取り案を完成させていた。ただ、設計事務所との契約前に見積をとってみると、工事費が5,000万円であった。

高いと思った父が、Ⅰ社へ安く建てられないかと1人で相談に行ったのだ。

話を詳しく聞く。父は、Ⅰ社の住宅性能の説明に心打たれ、しかも教えてもらった坪単価だと、単純計算で設計事務所より200万円工事費が浮くとのことだった。

ぐぬぬ…200万円…大きい。

しかし、「なるほど。では、Ⅰ社で。」とはならない。こちらも設計事務所と打ち合わせを重ね、信頼関係を築き、理想的な完成図が見えていた。それに住宅性能でいうと、設計事務所だって劣らない。

また、このとき私は第一子出産前だった。1年半後に仕事復帰の予定で、育休中に、家を完成させる段取りで進めていた。しかし、コロナ禍で住宅需要が高く、今から契約しても、完成時期がギリギリだと言われていた。

新天地は保育園激戦地域でもあり、この時期を逃すと保育園にも入れない。すでに私たちは窮地に立たされており、他社に鞍替えている暇はなかった。

それでも、父はⅠ社への信仰を曲げない。200万円浮くのだったら、間に合わなくてもいいじゃないかと。

しかも「ちょうど定年だから、保育園に入れなければ、お父さんが毎日孫を世話するよ」と言う。昔、仕事のためとはいえ、育児を母に丸投げしていた父の言葉は、紙切れより軽い。

そんな父に、私はやきもきしながら論戦を続ける。
「坪単価〇円~っていうのは、お高くつきがちな完全分離型二世帯住宅を想定した金額なの?」「…どうだったかな。」
言葉を濁す父。それは…場合によっては高いぞ?

間取りや見積もすぐ提案してもらえそうなのか聞くと、すぐには難しいと言われたらしい。これまでD社もH社も早かったが…。営業の作戦だろうか?

安い安いと父は言うが、I社を信じてもいい根拠が見えてこない。私の疑念が浮上するも、父はⅠ社営業の肩を持つ。ここまで父を心酔させるとは。この営業…なかなかのやり手なようだ。

父娘で論戦する横で、味方の夫は阿吽のブレスで助け船を送ってくれるが、義父を前に強い主張はできない。中立的な母は、どちらの意見にも「まあ、そうよねぇ。」と同調する。

しまいには、退屈した母が「ねえ、今晩すき焼き一緒に食べない?」と言いだした。実行すれば、「会議は踊る、されど進まず」ウィーン会議がこのテーブルで慎ましやかに再現されてしまう。

埒が明かない。すき焼きの気分になれず、一旦解散した。

父の方は、次回はI社の大型ショールームを案内してもらう予定だと楽しみにしている。悠長に構える父は、私たちの焦りなどどこ吹く風だ。

このままでは家計画がとん挫する。
一筋縄ではいかぬと悟った私は、こっそりI社の話を聞きにいくことにした。母も誘って。

というわけで、私たちはケインコスギに案内されていた。モデルハウスだけあって、I社も素敵だ。マイホームの夢がまた膨らむ。彼の名刺を見ると、父を接客した営業担当ではなかった。

「弊社は、全館床暖房です。高気密高断熱のため、省エネルギーで家を温められます。」「へー。確かに暖かいね。」「本当ね。」

ケインコスギは床暖房のしくみについて、展示品を用いて熱く説明する。
ふむふむと聞く。そこに、すかさず母が口を開く。

「でもこれ、無垢床じゃないのかしら?私、自然素材が好きなの。」

ケインコスギの顔が少し引きつる。無垢床は熱に弱いので、床暖房と相性が悪い。

「無垢床は選べないのね~。残念。」

次はキッチン。排水溝の蓋を見て「あら、FRP素材なの?劣化しやすいって言うわよね。」

次は風呂。ヘアキャッチャーを見て「ステンレスじゃないわ。掃除しにくそう。」

母がズケズケ言う度に、暖かい室温が1℃ずつ下がっていくように感じた…。

説明シヨウ!
母は素材にこだわりがあるタイプなのだ。家計画が始まってから、住宅展示場だけでなく、パナソニックやクリナップなどのショールームにも何度も足を運び、各メーカーの特徴や建材知識を蓄えていたノダッタ!

ショールームへは、私も一度、母に同行したことがあるが、綺麗な女性スタッフの笑顔には「また来たんかい」と書かれていた。

母は他社と比較して、見劣りするものがあれば、なんでもズケズケ言う。恐らく無意識で悪意はない。知らんけど。しかし営業からしたらやりにくい。

同じ中華料理屋でも、看板メニューによって、得意・不得意がある。麻婆豆腐をこだわる店の餃子はイマイチだ。ちなみに餃子に関しては「餃子の王将」に勝る店を見つけたことがない。

I社は、大手ならではの効率的な生産方式により、低価格で家を提供できる。ただ、施主はⅠ社が生産する決められた設備メニューの中から選択しなければいけない。

そのため、施主が「キッチンはタカラスタンダードがいい」と言っても、要望は通りにくい。大手の特徴でもあるが、自由度を高めようとすると、追加料金がかかる。

こだわりの強い母は、大手より自由度の利く設計事務所の方が向いている。美味しい餃子を食べたいのなら、餃子の王将だ。

物足りなさそうな母の横で、ケインコスギは少しずつ戦意を喪失していた。私は口角を上げたリトルミイの顔で見守る。外堀が1つ、埋まりつつある。

一通り、説明を受け、私たちは打ち合わせデスクについた。
さあ、本題に入る。

ここまでお読みいただきありがとうございました!これは二世帯住宅を通じて、「家族」について考える連載エッセイです。スキをいただけたら、連載を続けようと思います。応援よろしくお願いします!

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