三題噺SS『私のガマ合戦』 土梅 実

お題目


「ガマガエル」
「入浴」
「スローモーション」

『私のガマ合戦』 土梅 実


思春期の女の子と言うものは、心が不安定なもので私のようなインチキ拝み屋のもとにも、定期的に悩みを抱えた娘がやってくる。 
今日来た娘は凛香という名で、美醜にコンプレックスがあり自分のことを「ガマ憑き」だといっている。
 横幅の広い顔にくっきりした二重で目玉はやや前方に飛び出ており、両目が離れている。愛嬌があり可愛らしい顔つきであるが、同級生から「ガマガエル」と揶揄われたことに傷つき、十五歳から三年ものあいだ、自室に閉じこもり出られなくなってしまった。
鏡で顔を覗き込むうちにガマガエルに憑りつかれていると思いこみ、自分がガマの化身であるように考えはじめた。
現代社会のルッキズム至上主義の被害者である。
 引きこもっているだけであれば家族もそのまま見守っていることができたが、少女の「自分がガマ憑き」であるとの思い込みは深まるばかりでコバエやクモ果てはゴキブリまで見かけると食べはじめた。もちろん長い舌があるわけではないので手でつまみ躊躇なく口に運ぶ。母親はその姿を目の当たりにして、とめてもとめてもやめない娘に狼狽し、心が衰弱していった。
 見かねた父親は、その手の病院へ同行して「ガマ憑き」治療を試みたが回復する見込みはなかった。
病院を、たらい回しにされた凛香は、結果私のところにやってきた。

 私の家業は心を痛めた女性を一緒に住まわせて、悩みを聞いてやり心を癒し体を奪う。
 神道的教義をまことしやかに話してきかせると大体は恐れ入り信じ込む。
私はとにかく性欲が強く、相手の外見にこだわりはなし、その欲求を満たすためにこの家業をはじめた。
 凛香の親は、こちらで引き受けることを伝えると、どうにもできない娘の居場所が見つかりホッとしたようだ。生活費込みで一月三十万、どうにもならない悩みの解決手段として高い金ではない。無期限で引き受けることになった。
 私はその日から一週間、凛香の話を丁寧にきいてやった。最初は口数が少なく、体を直立に強張らせていたが、二三日も経つと学校や両親のことをゆっくりと話し出した。
 私は話をききながら凛香が大切な存在であり、愛する対象であることを要所要所でアニミズム的解説をくわえつつ繰り返し囁いた。
「そうですかガマの私を愛してくれるのなら、私はいっそこのままガマになり、あなたと一緒に暮らします」と心は穏やかになっていった。私はガマ憑きを治そうとはせず、そのまま愛してやった。
心を許し、信頼できる人物になったところで禊と称して凛香を浴室に誘った。白装束を着せ、衣の上から真水を掛けて身を清めてやる。三日目からは白装束の上から洗体をしてやり私に体を触られることに抵抗を無くさせていく。
白装束を脱がせると、驚くことに凛香の体にはイボが無数にあった。
直接体を洗ってやるようになると、イボは日を追うごとに増えていき、体形も実際のガマガエルに近づいてきたように思える。ガマ憑きは自己暗示とばかり考えていたが、その体を目の当たりにすると疑問を感じた。
 凛香を預かってから二週間が経過していた。予想通り、凛香は性交渉を拒むことはなかった。ガマに近づいていく凛香は口数が極端に少なくなっていったが私を受け入れ続けた。
初めて家に来たときよりも目は大きく突き出て潤みを増して私のことを物欲しそうに見つめている。イボは背面を中心に、いよいよ増えて毒液を分泌している。凛香と性交渉しながら毒液を舐めると脳も体も痺れて虜になっていく。
 家に来てから六十日が近づくころ、凛香は完全なガマガエルになっていた。私の話は理解しているようだったが言葉を発することはなく、浴室からでることもなくなった。
 それでも私のガマ合戦は連日続き、巨体になりガマに近づく凛香の背中に必死にしがみつき体をぶつけた。
 
 ある朝起きて浴室に入ると、凛香は無数の卵を産んでいた。
 凛香の目の前に座り、産卵を労うように優しく顔を撫でてやった。
いよいよ私を見つめて物欲しそうに瞳を潤ます。と、音もなく一瞬の内に舌を私の両脇に巻きつけた。大きな口の中に私は飲み込まれた。
全身がすっぽり彼女の中に入ると、食道はやわらかく体全体に密着していき、隙間がないのを確認したかのようにスローモーションに蠕動運動をはじめ、何度も反復して私の体全体を締め付けた。
私は締め付けられる痛みと呼吸のできない苦しみと消化液で溶かされていく恐怖にかられながら「あの無数の卵はカエルになったとき私に似るのか凛香に似るのか」そのことばかりを気にかけていた。死の間際になり私の異常な性欲の正体が遺伝子の拡散であることに気づき、あの卵の数に満足していた。
しかし、はたと「カエルは体外受精なので、あれは私の子どもではない。凛香にとって私とのことは性行為ではなかったのだ」と気づいた。
そのことに気付いたのは、私の顔面が消化液ですっかり溶けたことだった。


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