三題噺SS『新釈 カエルの王子様』 加藤冬夏

お題目


「ガマガエル」
「入浴」
「スローモーション」

『新釈 カエルの王子様』加藤冬夏

「いや、ないわ~」
 約束の時間通りに城を訪れたはずなのに、やたらと待たされた挙げ句現れたのは婚約者である王子ではなくガマガエルだった。
 申し訳なさそうにカエルを連れてきた大臣曰く、おそらく西の魔女の呪いではないかと。
 王家お抱えの占い師曰く、呪いを解くには愛する者の接吻が一番だと。
 かくして銀のお盆に乗せられたカエルは私の目線の高さにうやうやしく掲げられたのだった。
「ないわ~」
「下品ですよ、お嬢様」
 涼しい顔でたしなめてくるのは従者のアシュレイ。
「愛する者のキスでもとに戻るというのは定説ではあります」
「だとしてもね。あなたカエルにキスしたいと思う?」
「可能なら遠慮したいですね。しかしその嫌悪感を乗り越えてこそ真実の愛の証明となり、呪いに打ち勝てるという論法なのではないかと」
「真実の愛で人が救えたら苦労はしないのよ」
「おっしゃる通りで」
「愚昧なあなたは知らないかもしれないけど、ガマガエルは皮膚の毒腺からブフォトキシンっていう毒性物質を分泌しているの。口に入った場合は嘔吐や下痢、幻覚を引き起こし最悪の場合は心臓まひで死ぬのよ?」
「浅学で恐縮です。逆にお嬢様が詳しすぎて少々引きました」
「妃教育なめんじゃないわよ」
「下品ですよ、お嬢様」
 はー、とため息をつく。目の前の大臣はカエルを掲げたまま真っ青な顔で私たちを見ている。
「……それに、本当に愛する者のキスで呪いが解けるとしても、私でいいのかどうかは議論の余地があると思うわ」
「弱気ですね」
「事実を述べたまでよ」
 そもそも私は愛を信じていない。……いや、平民の間にはあるのだろう。しかしこと王族と貴族の間の婚約において、そんなものを期待する方が間違っている。
「それではやめますか? お嬢様がそこまで言うなら、一度時間をとって検討してもいいかもしれません。王子が本当に愛する別の者を見つけてその者に任せましょう。例え愛がなくてもお嬢様なら立派な妃として……」
「……よこしなさい」
 ほとんど泣き崩れかけていた大臣が顔を上げる。
「そのカエルをこっちによこしなさい」
 横でアシュレイが笑っている気がするが無視する。
 馬鹿馬鹿しい。毒を持つカエルにキスすることが愛の証明になる? ……なるわけない。自己犠牲というのは一見美しいが、実質は醜悪なエゴの塊にすぎない。幸福とは相互作用だ。どちらかの犠牲の上で成り立つ何かを、私は愛とは認めない。
 カエルは……呪いにかかった愚かなる王子は、無垢な黒い瞳で私を見ている。彼はどういう気持ちでこのやりとりを聞いているのだろう?
 カエルに顔を近づける。視界に映るすべてが、スローモーションになる。
 私は自己犠牲を愛とは認めない。……認めない、が、愛する人の為なら何でもできるという気持ちを否定することもまた、できることではない。
 目を閉じる。
 唇に何かが触れた。
 その瞬間。
「エミーリアはいるか!」
 騒々しい音を立てて扉が開いた。従者を振り払って入ってきたその男はまさしく……。
「殿下!? か、カエルになったのでは……」
「カエル? ああ、そこにいるのは先程捕まえてきたガマガエル君」
「捕まえてきた!?」
「ガマガエルが害虫対策に効果的だと西部の農民に教えてもらったんだ。虫害に困ってる南部に応用できないかと実物を捕まえてきたんだが……予想以上に大変でな。沼地で転んで昼間から入浴する羽目になった」
 そんな馬鹿な。
 なぜ王子自らそんなことを。いや王子もバカだが側近たちもバカだ。主がどこにいるかぐらい把握しておけ。バカしかいないのかこの国は。
「それで君は……」
 王子はぐるっと部屋の中を見渡して、大方のことを理解したらしい。
「まさか、私が呪いにかけられたと誤解したあげく、それを解くためにカエルにキスするなんてバカなことをしたんじゃないだろうな?」
 したわよ。あんたのとこのバカな占い師のせいで。そんなのは愛の証明でもなんでもないけど、してあげたいと思ったからしたわよ。それが何よ。
「いいかエミーリア、君は知らないかもしれないが、ガマガエルは皮膚の毒腺からブフォトキシンという毒性物質を分泌しているんだ。口に入った場合は嘔吐や下痢、幻覚を引き起こし最悪の場合は心臓まひで死ぬ!」
「存じています!」
「じゃあもう二度とそんなことはするな! 君を苦しめるくらいならカエルのままでいた方がマシだ! 自己犠牲が愛の証明になると思うな!」
「最初からそんなこと思っていません! お互いが幸せでこそですもの!」
「分かっているならいい! 今すぐ口を洗え! 大臣!!」
 涙目の大臣がウサギみたいに跳ねて炊事場へ向かう。
 横にいるアシュレイが「お似合いですねぇ」と暢気に言った。
 顔が熱い。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?