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小説「バスター・ユニオン」

第一話 獣人の扱い Ⅳ
 この事件は翌日のことである。
 今朝の予定は十時から十八時まで働いて、帰った後は家事を手伝う。そして、夕食は紫苑ではなく彼女の母親が作ることになっている。

「じゃあ、行ってくる」
「ええ、いってらしゃい」

 彼女の仕事は接客業で、最近になってパートから正社員に昇格した。なので、給料は以前よりも上昇して母親の夢の資金貯蓄は多少増えるようになった。
 あと数年すれば高校生の頃から勤めていた飲食店でより多く稼ぐために努力した目標金額を達成できる。そして、その貯蓄で学校を設立させて子供たちに勉強を教えられる。
 もう少しの辛抱まで我慢することができれば、彼女らは獣人達の希望となり次々と社会の基盤が完成して豊かな生活を送れるようになる。

(だから、私はお母さんの夢のために頑張って働くんだ)

 前から考えていた夢を二人で乗り越える。それが夢への第一歩だ。

「さて、今日も頑張るか」

 何時も考えることでモチベーションを保ち、学校の創設者になる夢を忘れなかった。
 しかしその日、夢が悪夢になる。そう、奴らが来たのだ。

「おい、お前。乾 紫苑だな?」
「?そうですけど…」

 この偉そうな態度をしているのは人間だ。
 それも五人位集まった人間の兵で、私の周りを囲むように逃げ道を塞いでいた。

「ナニか用ですか?今日は仕事で忙しいので手短にお願いします」
「そうか…だがそれは今日で辞めだ」
「はい?」

 時間がなくても話を聞くなら良いと許可した彼女だが、何かおかしい事を言い始めて戸惑ってしまう。それに五人の兵はニヤニヤと嘲笑うような表情をして、まるで私を格下であると言わんばかりだった。

「すいません。私は仕事を辞める訳にはいけないんです」
「ああ…そうだな」

 兵達は彼女に対する態度を変えずに全ての事情を分かっていると頷く。

「だったらそこを退いてください」
「それはできない」

 だが、それでも五人は彼女が会社に行こうとする隙を与えずに歩道を塞ぐ。
 彼らの目的は一体なにか?
 人間が獣人である彼女を囲っている理由とは?
 全てにおいてこの状況の意味が分からない。
 ただ人間は獣人にとって危険な存在だ。もし捕まったら最期、想像を絶する生活を送ることになる。そのため下手に動くことはできない。

「……何故ですか?」
 一旦、冷静になるために深呼吸をした彼女は一人の人間に質問を問う。
 すると他の奴らが笑い始めて「何も分かっていないのか、さすが獣だ」と状況が理解できない事を馬鹿にして、彼女は怪訝な表情になる。そして、ようやく笑い声が収束すると、質問を問いただした先程の兵からその根拠についての説明を受けた。

「理由なら簡単だ。お前は重大な罪を犯したからだ」
「重大な罪?」

 私が?と首を傾げる彼女は、自分の行いで人間が無視できない犯罪をしたのかという懸念点を感じた。理由は人間が囲っている意図の予測するのは不可能であるからだ。

「一体なんですか?冤罪なら裁判で訴えますよ?」
 彼女はその重大な罪とやらについて更に質問をする。が、その兵は自覚がないのかと呆れたように溜息をつき、彼は他4人が彼女を捕まえようと命じる。

「何ですか⁉イッヤ、離して‼」
 彼女は腕を振り落とそうとしたが四人がかりでは太刀打ちできず、4人に命じた兵が彼女の顔を見下ろして口を開く。

「全く、獣人というのは本当に人間より理解力がない。貴方の様に仕事を真面目に取り組むことはできても、自分がした罪は忘れるなんてあり得ないな」

 彼は救えない馬鹿ですねと何かの罪を償う意思がない私に対して失笑する。

 重大な罪とは?と彼女が疑問になるのも無理はない。獣人の生活は貧困で生きるか死ぬかの瀬(せ)戸(と)際(ぎわ)で暮らしている。それなのに重大な罪だと言い掛かりをつけるのは理不尽極まりない。

「なら、証拠を見せて。それなら煮るなり焼くなりしていいわ」
「……まぁいい。お前たち連れていけ」

 彼は今からその証拠を見せると言って、ある決定的な場所に向かうと話す。
 そしてそこから十分経った時。
彼女を連行した先にあったのは実家だった。

「え?ここは私の家ですよ?」

 証拠も何もない実家に行っただけである現場に困惑をする彼女。  しかし、その困惑はすぐに消えて、彼らが此処に訪れた理由が分かることになった。

「し、紫苑……」
「お母さん⁉どうしたの⁉」
 実家には両腕を縄で縛られて動けなくなった彼女の母親が二人掛かりで押さえつけて、体全体に傷をつけて泣くほど痛みつけられていた。

「貴方達‼何で私の母親を‼」
 彼女はたった一人の家族に苦痛を与えたことに怒りが湧いて、鬼のような表情で彼らの行為に怒鳴りつけるが、反省もせずに「ワハハ」という笑い声で埋め尽くされる。そんな謝罪をしない彼らに怒り狂う彼女は叫んだ。

「笑うな‼今すぐ私に殺されたいか‼」

 自分の母親が拷問を掛けて反省しない光景。それは彼女の沸点を超える「絶対に許さない」という怒りの気持ちが溢れるようだった。
 つまり、見た物を全てを壊す狂戦士に成りかけになっている気持ちが晴れず、その点、兵達は見下すように振舞っていた。
 すると、ある一人が彼女の家にある書物を持ち出しこう言った。

「これは教科書だな?」

 彼はひらひらと手に持ちながら教科書を揺らして言うが、その会話文の意図が分からず彼女の頭上にはハテナが浮かんでいた。

「それが何よ‼まったく関係ないわ‼」

 そう話す彼女だが、彼はまだ分からないのかと言いたげな表情を浮かべて、今度は学校設立させるための基本常識などが書かれた本を持つ。
 そして、そんな本を見せつけられた彼女はまさかと勘づいた。

「ハッ、やっと気づいたか」

 一体、何に気づいたのか。それは……

「お前らは獣人の学校を建てる予定らしいな」

 そう。彼の言葉の通り、彼女の母親の夢である学校の設立の件についてである。

獣人の学校の設立の実情についての計画には一部の者は知っている。しかし、彼女たちの裏では、その計画に協力した人による学校設立の撤廃を申す者がいたのだ。その声というのは、政府機関と繋がっている社長であった。

 そんなわけで、彼はその本を雑に捨てると紫苑の親の毛を掴み、二人の学校設立の目的について問い詰める。

「裏で学校を建てることがどういう意味なのか、もちろん分かっているだろ?」
「ッ……」

 とは言え、簡単に全貌を告白することは敵にしっぽを掴まれても阻止したい。この情報が漏れてしまえば学校設立の夢は潰えてしまう。どうにか漏洩を阻止するのを最優先したいところだ。

「…知らない。私たちは誰かに頼まれただけよ」

 紫苑は相手に悟られない態度で何とかやり過ごそうとする。

「そうかよ。じゃあ自分の母親が死んでもいいと?」
「嘘はついていない‼本当にそうなの‼」

 彼女は必死に秘匿情報を守りながら、その兵に正直な嘘で対抗する。

「だからお母さんを離して‼」

 力強く訴える彼女の声は全てを暴露しない意思と母親を助けることで精一杯に見えた。

「…アハッ……アハハハハハハッハハハハハ‼」

 しかし、彼はまるで全てを見透かしている笑い方で紫苑の発言に腹を抱える。

「何を笑っているの?」

 笑っている理由を知りたいため彼に質問する彼女。ただその笑いが止まらず、その質問に答えられる状態ではなかった。そのため静かに収まるまで返答を待ち、ようやく落ち着いた最中、嘲笑うかのように余裕を見せた。
 そして一言。

「お前、馬鹿か?それで素直に聞く訳ないだろう?」

 嘘までついて、彼女の母親を離すわけがない。それこそが彼の紫苑に対する考えであった。話を聞くたび条件もなしに解放することは何も得が生まれない。それこそ彼は彼女らのことを追っている身である。そう簡単に要望を飲むわけがないのだ。

「……紫苑、逃げなさい」
「何で?お母さんを置いて行けるわけ……」
「いいから行きなさい‼」

 母親はすべてを話すコトも全てが明るみになった状況でも逃げるように叫ぶ。しかし如何にか誤魔化すように態度を変えず、母を助けるための方法を導き出すために頭を回転させる。

「どうだ?母親が殺されるのか?それとも学校設立を止めるか?」

 どっちがいいなんて答えられない選択に納得できないと言いたくなる。でも母親は殺せない。
 彼女は深呼吸をして目を向けるとある考えを持ち出す。

「……分かった。なら学校の設立はやめない」
「そうか、じゃあ————」
「その代わり私を売っていいわ」

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