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【小説】冬の魔術師と草原竜の秘宝 ㉚

最終話 エピローグ

 すべてを覆い尽くした雪は、人々の心さえも閉ざしてしまいそうだった。
 すべてのトカゲたちは眠りに付き、残された人間たちも細々と命を繋いでいた。

 もしかして、この雪は二度とやまないのではないか。
 もしかして、もう二度と大地を踏みしめることは叶わないのではないか。

 そんな不安に苛まれながら、人々は身を縮こませて待った。窓を閉め、暗い闇の中でろうそくを灯しながら、いつかその日が来るのを待った。長いあいだそうしていたようだった。それまで生きたどれほどの年月も、この暗闇のほうがずっと長かった。
 だがあるとき、誰かが板作りの窓の隙間から覗く明るい日差しに気がついた。
 不思議に思って窓を開けると、雪が溶け出し、かつての街の姿が生まれ出ようとしていた。

 灰色に曇っていた空に切れ目が走り、カーテンのような光が降り注ぐ。世界をテラス。
 凄まじい量の雪解け水は、草原のわずかなくぼみへ落ち、曲線を描きながら川となって流れていく。勢いを増し、国を取り囲む腐れ谷へと続いていた。大地に水が染み渡り、枯れ果てた土地を少しずつ循環していく。草に覆われていただけの大地に、眠っていた新芽が顔を出していた。
 その晴れ間から、ひとつの影が落ちてきた。

「……竜だ」
「竜がかえってきたぁ!」

 声がにわかに大きくなると、次々に窓が開いた。通り沿いに飛び出した人々が、竜の姿を追っていく。
 冬の間、仕事をしていた人々も、その姿を一目見ようと飛び出してくる。
 トカゲたちが起き出してくると、一気に騒がしくなった。

 かつて盗賊と呼ばれた一族の首領の兄弟が、杖を掲げて歓迎した。きらりと光る朝日色の杖を目印にしたように、白緑色の竜がアンシー・ウーフェン跡地へ降り立つ。若く、生まれたばかりのようにつややかな鱗だった。

 駅の構内が騒がしくなる中、駅長はそっと目を覚ました。僅かに頭を動かし、窓の外にある光景を視界におさめる。若き竜の姿を老いた目に捉えると、安堵するようにもう一度目を閉じた。


〈おわり〉


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