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【小説】冬の魔術師と草原竜の秘密 ㉒

第22話 仕掛けられた秘密

「……すみません」

 集落の方に戻ったあと、キラカが小さく言った。

「どうしてお前が謝る」

 ウィルはそう言ってから付け加えた。

「ただまあ、判断材料が少なすぎるのは事実だ」

 禁足地でもある丘から戻ってきたあと、トウカは少し頭を冷やすといって、集落に戻っていった。他の仕事があるのだろう。
 ヘイウッドも、先ほどまで彼らを非難していたのをすっかり忘れて、ほくほく顔でカメラを構えて盗賊達の集落を撮りに行った。それはそれでメンタルが強すぎて、ウィルは閉口するしかなかった。ただオースグリフに住む人々にとっても、腐れ谷の実情というのはわかっていなかったのだろう。ここは特ダネの宝庫なのだ。

 そして肝心のウィルが出した結論は、信じるに足る材料が少ない、だった。
 正直に言えば、駅長の言うことも信じていないし、この腐れ谷の者たちも本当の事を言っているかどうかわからない。感情に振り回されてもいいことはないと思っていた。
 対するカナリアは「そういうところ、頭固いなぁ」と言って、自分は子羊を見せてもらいに行ってしまった。彼女は彼女で自由だった。

「魔法使いがいればすべて解決するのだと、思っていたんです。僕も、兄さんも」
「……」
「あなたにとっての判断材料があればいいんですか」
「まあな。ただその結果、駅長側につく事もありえる」

 そもそも、ウィルとカナリアの二人をこの世界に閉じ込めたのが何者かもいまだにわかっていない。その何者かが、何を望んでいるのかも。
 キラカは足を止めた。

「……あなたは、不思議な方だ。世間に疎いとおっしゃるのに、そういう慎重なところはまるで世間を知らないわけじゃない」
「……」
 金の目がキラカを見据える。
「あなたは本当は、どこから来たんですか?」
「……それは、この騒動が終わったら教えてやるよ」

 ウィルは肩を竦めた。

「それより、さっきトウカが変な事を言っていたな。あの街の秘密ってなんだ」

 話を変えるように言う。
 とはいえ少し気になっていたのは事実だ。

「アンシー・ウーフェンがこの世界にとって害になっているというのは、お前らにとって周知の事実じゃなかったのか」
「ああ、そういうことですか。ええっとですね……」

 キラカは一瞬言いよどんだが、すぐに思い直したように口を開いた。

「ここじゃなんですから、僕のテントまでどうですか」

 言葉に甘えて、ウィルはそのままついて行った。
 キラカのテントの中はチェストが多く、雑然とした印象を受けた。テントの壁にはタペストリが一つ飾ってあり、竜の前に鎮座する人々が描かれていた。少し眺めてから視線を外し、テーブルに向ける。
 テーブルの端には本が幾つも積み上げられていた。そうでないところは紙とペンが散乱している。本棚からも紙がはみ出ている。明らかに他のテントに比べて物が多い。オースグリフに潜入しながら作家としても芽が出たのだから、元々そういう気質があったのだろう。テーブルの前には掲示板のような板があり、いくつかの情報がピンで刺してある。赤い糸でピン同士が結ばれ、関係性がわかるようになっている。

「お茶でもどうです」
「ああ、頼む」

 キラカは炉に火を入れ、小さなヤカンで湯を沸かしはじめた。天井から降りている紐を軽く引っ張ると、天窓がからからと音を立てて開いた。湯気を追い出すためだ。
 チェストから茶葉を入れた缶を取り出しながら、キラカは口を開いた。

「首領には代々伝わっている杖がありまして。あの街の秘密が解ける者が現れた時に、杖は本来の力を取り戻し、本当の意味でアンシー・ウーフェンを砕く事ができる……そんな風に伝わっています」
「杖? あいつ、そんなもの持ってたか?」
「大事なものではありますけど、古いですからね。普段から持ち歩きはしないんですよ。儀式の時や、襲撃前の集会で持ってくるくらいです」
「お……、おう……」

 襲撃前の集会という言い方もどうなんだと思ったが、ウィルは敢えて深くツッコミはしなかった。たぶん事実だ。
 ヤカンの中に茶葉を入れて、また少し煮出す。二人分の湯飲みにヤカンの中身を入れる。

「どうぞ」
「ああ」

 紅茶に似た香りが広がった。キラカが軽く一口飲んだのを見てから、少しだけ口にした。温かい。

「……それで、俺がいれば謎が解けると思っていたと?」
「ええ。僕らも、それなりに街の事は調べ上げたんですがね」

 キラカが視線を向けたのは、テーブルの上の掲示板だった。

「たまに戻ってきて、兄さんと情報をすりあわせたり、あれこれ意見を出し合ったんですよ」
「……」
「襲撃する時のルートの確認とかもあったんですが」
「それはなんというか、反応に困るんだが……」

 思わず正直に言ってしまうくらいだった。
 街への襲撃を兄弟の懐かしい思い出のように言われても反応に困る。

「でも事実ですよ。どこの建物に入れば仲間が居て通り抜けできるとか、共有しておかないと大変ですからね」
「お前マジでスパイだったんだな……」
「そうですよ。でなきゃオースグリフにいません」

 キラカはきっぱりと断言した。

「……作家として先があってもか?」
「当然です。それに、ほら」

 言い切ると、キラカは湯飲みを置いて立ち上がった。テーブルに近寄ると、そこに散乱する紙を一枚取って戻ってくる。

「これも僕らが調査したものですよ」

 キラカが寄越したのは、妙に綺麗な円形の描かれた紙だった。怪訝な目で受け取る。よく見ると、それは駅から繋がったレールの図のようだった。説明書きには環状線とあった。駅はずっと環状線の中心にあるのだと思い込んでいたが、これを見るとそうではない。中心にはアンシー・ウーフェンが陣取っていた。巨樹を囲むように円があり、駅はそこにあった。これもまた綺麗な真円をしている。

 ――なんだ。この……違和感?

 ぞくりとした感覚を振り払うように、むりやりにキラカに苦笑する。

「環状線だからって、マジの円形にすることないだろ……」
「ああ、いや。これ、本当にそうなんですよ」
「は? ……こんなに綺麗な円形だっていうのか?」
「はい、作った当時からそうだったみたいですよ。わざわざ工事して、平らにしたんだとか」

 あまりに整いすぎた円形の環状線は、何か引っかかった。
 環状線とはあくまで終わりと始まりが繋がった路線のこと。実際に真円になどする必要は無い。
 アンシー・ウーフェンを囲っている円形のレールもそうだ。
 ウィルはおもむろに立ち上がると、テーブルに近寄った。そこに散らばっている紙はほとんどオースグリフを中心とした情報ばかりだ。食文化や儀式、時刻表に至るまで、様々な情報が集まっている。ウィルは上にある必要の無い情報を手で払った。目的の情報が書かれた紙を探す。要らない紙を向こうへ追いやり、下の方にあった別の紙を手に取る。他の線路が書かれた情報があった。それを組み合わせるように、隣に置く。
 更にもう一枚、ウィルは情報を探す。
 街の見取り図を、レールの書かれた紙の横に並べる。大通りの一つが、レールの一つと繋がる。ウィルの指先がそれを繋げていく。巨大な線になった。円の中に、意味のある多角形が浮かび上がる。駅とともに街が作られたのなら、整った形になるのも理解できる。
 ウィルは再びテーブルの上から情報を探した。今度は裏道が描かれたものだった。横に書かれた情報は一切気にせず、地図だけに目線を向ける。
 キラカは怪訝な目で無言になったウィルを見上げる。

 巨大な円。
 妙に整った大通り。
 円形の街なのに、まっすぐに通る道。
 隙間の無い建物群に、奇妙に歪曲した裏道。
 決められた位置にしっかりと建つ、環状線の中の建物。
 歪曲した裏道を指でなぞると、意味のある記号が現れた。
 ただの歪曲などでは断じて無い。これは明らかに意味のある配置だ。
 テーブルの上から、今度は街とは反対側の半円の情報を探す。草原の中に建つ建物の配置までしっかりと描写されている。それを一つ一つ、ばらばらになった仕様書を集めるように解読していく。

「……おい、キラカ」
「なんです?」
「どうしてこの街に、こんな仕掛けが施してあるんだ?」
「なんですって?」

 紙を整えていたキラカは、返ってきた言葉に耳を疑った。

「これじゃまるで……」

 言いかけたウィルは黄金の目を見開き、紙をひったくって勢いよく出て行った。

「ウィルさん!?」

 あまりに突然だったので、キラカは反応が遅れた。
 出て行ったウィルはあたりを見回し、近くを通りすがった犠牲者につかみかかった。

「な、なんだあ!?」
「おい! 首領のテントはどこにある!?」

 男はウィルよりも長身で筋肉もついているにも関わらず、その勢いに圧し負けた。

「あ、あっちだ」
「あっちの、どれだ!」
「虹色の布が巻いてあるテントの……」

 ウィルは男を突き放すように解放すると、軽く肩を叩いてから風のように去っていった。
 キラカがそれを追っていく。男はぽかんとした目でそれを見つめた。

 その間に、ウィルは目指す虹色の布が巻かれたテントへ迷う事なく侵入した。目線を動かし、目的のものを探す。そうして、一番奥に保管された杖をひったくると、すぐにとってかえした。おかげでキラカが追いついた時には、ウィルが杖を持って出てきた所に遭遇した。魔法使いの姿と杖を見比べて、閉口する。

「広くて地面が使える所だ」
「え?」
「広くて地面が使える所を教えろっつってんだよ、どっかにあるだろ!」

 だが答えを待たずに、ウィルは広場まで走った。
 住人たちからすれば、魔法使いが突然紙と杖を奪ってわめき立てているものだから、おかしくなったのかと思った。ほとんどは呆然とそれを見守るしかなかったが、何人かは首領を呼びに行った。

 ウィルは杖を使って地面に円を描きはじめた。時折紙と見比べながら、正確に内側の記号までも一つ一つ丁寧に描く。
 魔法を忘れてしまった人々にとってはわからなくても、魔法使いにとっては意味のある陣だった。

 かっ、とどこかから光が差した。

 ――なんだ?

 トウカは振り返った。ぞくりとする。すぐに動くことが出来なかった。その光は、中心に吸い込まれるように動いていた。
 何人かが慌ててトウカを呼びにきたが、言っていることは要領を得なかった。魔法使いがとか、杖がとか言っていたような気がする。トウカは勢いよく、光の発生源である広場に向かって走りだした。周囲から何かが奪い取られていくような気がする。歓迎しない事態のはずなのに、胸が高鳴る。

「何をしてるっ?」

 トウカが見たとき、ちょうどウィルが立ち上がるところだった。
 地面からは、描かれた線上に光が立ち上っている。中央には首領の杖があり、誰も手にしていないのに浮いている。ゆっくりと回転しながら、上にはめ込まれた石に徐々に光が集まっているところだった。

「……これが、この街の秘密とやらか」

 ウィルは紙と、目の前の事象を見比べた。なんでもないことのように、首を傾げる。

「レールも含めて道の一つに至るまで。この街、いや、国そのものが、中央にエネルギーを集める為の魔法陣か。……わからんはずだ。あまりに巨大すぎる」

 ただの石であったものが本来の力を取り戻し、ひときわ強く発光した。
 灰色の石は次第に透き通り、オレンジ色の透明な石となってその場に鎮座した。
 この世に残された魔法使いの杖だった。

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