小説『ワンダリングノート・ファンタジー』(3)メールを開いて
Chapter 3
レナからのメールを眺めていた。ありふれた日常のやり取りから学校行事、翌日の持ち物リスト、そして彼女独自の外れまくる天気予報に至るまで、一通一通が心を重くしていた。
「⋯⋯こんなにたくさんのメールの中から、どうやって探せばいいんだよ」
英語が苦手だ。アルファベットの配列が、どうにもこちらを見ているような気がして受け付けない。レナが送ったという英文メールは、見つからなければそれで良いと思っていたくらいだ。
「こっち見んな!」
僕がおかしいのだろうか? いや、そんな事はない⋯⋯はずだ。誰にだって苦手なものはある。集合体恐怖症? 球体恐怖症? ネットで見つけた症状名を一つ一つ照らし合わせてみたが、どれもピッタリとは合わない。子供の頃、高熱でうなされた夜に見た恐ろしい夢の記憶が、今のこの感覚に通じるような気がしてならない。空から降ってくる大量の目玉が、ゆっくりと自分の口の中に入ってくるような──
『やあ、トム。調子はどうだい?』
「うわああああああ!!!!」
メールを見ながら、うたた寝していたみたいだ。驚いてベッドから落ちてしまった。
「お風呂にでも入ってくるか⋯⋯ん? これは⋯⋯」
スマホの画面から、こっちを見つめるヤツがいた。ベッドに戻りそのメールを開いて、覚悟を決めて英文と向き合った。
『What's the difference between "like" and "love"?』
「やっと見つけた。さて、翻訳してみるか⋯⋯」
胸の高鳴りを抑えるのが精一杯で、冷静さを装うための独り言だった。
(気づかないふりをしていたんだ。君は幼馴染で、いつも僕のそばにいて、世話焼きで⋯⋯綺麗になって、それで⋯⋯)
「こんな文、翻訳しなくっても、何となくわかっちゃうよ⋯⋯!!」
涙が出てきた。あの公園での、つまらない口喧嘩での「にわか雨」が、今は本降りとなって自分に帰ってきた。あの時、もしも僕が違う言葉を選んでいれば、もしも彼女がまだそこにいたら⋯⋯。
「どこへ行っちゃったんだよ? レナ⋯⋯!!」
捜索願いが出されて一週間が経つ。あの公園ではよく不審者が出ていたので、何らかの事件に巻き込まれた可能性がある、というのが警察の見解だ。
「手がかり⋯⋯僕は何かを見落としているような⋯⋯」
そう思い立つと、僕は夜の公園へ向かって走り出した。
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