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服と空き缶と本が散乱して床が見えない部屋で呻いている、人生ってこれなんですか

「誰にも傷つけられないように絶対にここで迷わないで 誰にも守られないように絶対にここで生きないで」という歌詞が叫ばれている曲を聴いていた。ひとりでこの曲を確かめるように三度ほど聴いていたら、この歌詞をスピーカーがまた出力し始めて、途端に、わたしは生活がこれでいいのかわからなくなってしまって、煙草の吸殻を手に持ったままアパート脇の駐車場でしゃがみこんで動けなくなってしまった。

 音から逃げるように、言葉の指す「ここ」をおそるおそる確かめるようにあたりを見渡す。急に暮らしている街の建物や、道路や街灯がすべて神経ガスを放っているように感じて、何も見たくなくなって逃げるように部屋に戻った。302号室。世間一般の女子大生の、ピンク色のFrancfrancで構成された部屋とは乖離した、古本と総菜のパックごみと缶ビールの空き缶に溢れた302号室。親に勧められるまま女子学生に人気とされる物件を契約したせいで部屋のつくりや建物の外観と部屋の中身がちぐはぐで気持ち悪い302号室。 


 自閉して一人で文章を書いたり、音楽や文学に触れたりして何者かになる手順を進めていきたい。けれど、大学生として、バンドをしたり絵を描いたりしていく中で、周りの人間が人として気軽に飲みやご飯に行ける人間をつくったり、恋人やセフレをつくっているのを見て、わたしはここから転落したら二度とまともな人間に戻れないのだろうな、と予感する。

 何者かになりたいけれど、そのために払う犠牲で取り返しがつかなくなりたくない。死にたいといつも喚いている割にはあまりにも利己的な感情に振り回されて布団の端をひっつかんで床でうずくまって自分を抱きしめるようにしながらひとしきり泣いた。

 

 まともな人間ってなに。


 恋人を作ることや、たまたま居合わせただけの友達と飲むことや、顔のいい異性とセックスをすることだけが正義なんですか、と言われたらそれに対する答えを私は出せないと思う。

 ただ、わたしはとても焦っていた。10代が終わってしまうことや、大学で今までの自分の才能は狭い世界の中だけでしか通用しないことを突きつけられたせいで。焦りは思考を麻痺させて、それだけが正しくてそれ以外は全部悪であるように感じさせる。生きるということがシステマチックに定義されていく。定義が外の規範から私の中にじわじわ浸透していって、私自身が真偽不明の定義で染められていく。 
 満ちていく海の中で磔にされたであろう大昔の罪人または冤罪人のことを想う。何かを失うことよりも、自分の意志とは反対に自分自身でないものを装飾されていくことのほうが苦痛なのではないですか。
 



 今日、ほんの数時間前、私は友人に友人のことを聞かれて、どんな性格ですか、って聞かれたから、冬と春の間のような人ですって答えた。冬の道を歩いているときにたまたま目についた公園で視界に飛び込んできた、木の枝に積もった雪が太陽で溶かされて、きらきらと輝いているあの景色のような人。放射冷却で冷え込んだよく晴れた午前中の、生活の中心にある景色のはずの生活をがらりと変えてしまう魔法みたいな景色の、そんな人。

 わたしの生活にある孤独の質が、高校生から大学生になって、変わってしまったことを、わたしはわたしなりにわかっていた。

 透明な結晶のような美しさがどんどん汚れて俗物的に黒ずんできて、あの頃の純粋で透き通った言葉をつかえなくなってしまっていたことを自覚しながら言葉を紡ぐことがずっと苦しかった。(まだ自主制作の本すら作っていないし、短歌や詩だって本腰を入れて取り組んだことはないけれど、)もう言葉を書くことから離れてしまおうかと思ったことも数度あった。衰えていく、感性を失っていく自分と向き合うことが怖かった。そのたびに何者かになり切れなかったという後悔でおかしくなりそうになりながら、もう自分で自分を削り取りながら言葉を書かなくていいかもしれないことに安心したりした。

 けれどわたしはまだ大切な友人をあの透明で白い、はっとするような風景につなげることができる。まだ、言葉でわたしのこころの子供部屋の学習机の引き出しの中に突っ込まれたどこにも行けない感情をあるべき場所に返すことができる。
 孤独を無理に纏わなくても、あのときの世界の感触をまだ思い出すことが出来る。

 思えば音信不通になった好きだった人は、水道水のような絶対的な安定と冷たさ、カルキのような硬質さを持っていたし、サークルで一緒にプリクラをとってくれる友人は午後9時過ぎに訪れたコンビニにまだ残っている店内調理の身体に少し優しい食事のような安心感がある。

 ひとつひとつ、自分の中に残っている事象をさわって輪郭を確かめて、取り出す。何とか形を与えられたものを観察して言葉にしながら、言葉がやわらかなひかりの中にいられるように、だいじだいじって運んで適切な場所まで引っ張っていって見守る。
 自分の中で決められた手順を踏んで描いた言葉はところどころがひかりを通して輝く鉱石のようでもあるし、悪意なく私の顔を引っかいたりするくせに私が泣いていると心配してほほを撫でてくる幼児のようでもある。わたしから出てきたくせに私とは無関係にイノセントだ。

 深夜2時すぎにほんのわずかな時間、助けを求めるように自分の中でひたすら叫びながらこれを書いていた。声が掠れるまで自分の中で泣き叫んだから、ヒーローが必要だった。かみさまは私のところまでヒーローを連れてきてくれなかったから、自分のできる精いっぱいで継ぎはぎのヒーローをつくった、それがこの文章。これは祈り。
 この間読んだ詩集にすとんと精神の隙間にはまる言葉があって、それは心が派手という言葉。わたしは心が派手。だから何度も死ぬぎりぎりまで楽しくなったり悲しくなったりしてしまう。 
 深夜にどうしようもない無力感に襲われて、LINEをひとに送ったり送信を取り消したり、送れず削除ボタンを連打したりする夜を、自分の力で一度殺すことができた。夜は、明日も明後日も一年後も、もしかしたら十年後もきっと私を殺そうとしてくるだろうけど、今はそれで十分。


 ちっぽけなことだとおもうけれど、諦めかけていた心で一度だけ泣きじゃくりながらも襲ってくる夜を殺した。それでじゅうぶん。これはわたしの祈り。



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