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笑 顔 の 君 ~忘れ得ぬ君への思い~


(Prologue/前書き)



 ある日、夜明け前の窓辺に マリア様は現れた。
そして真実を諭 (さと) された。
『幸せは、みずから求めるもの。 みずから つかむもの』。
『確かな幸せをつかんだら、決して離さぬこと…』。
けれど、マリア様は今さら何を? 
今さら、何も信じられない 手負いの僕に。
 


酷寒の果てしなく長い冬。
幼少の頃から いつでも僕は、餓死や凍死と隣り合わせ。
傷つき、萎え果て、意気消沈と、窓辺に崩れかけたまま遠くを仰いでいる。
僕は所詮、寄るべのない亡霊。
どれほどの ”血の涙” が溢れ返ろうと、それでも懸命にあらがってきた。
執拗な悲しみと苦悩が支配する宿命に。 やがて粉々に砕け散る僕の心…。
宿命を打ち消す いかなる奇跡も 起きてはならないのだろう。
世間から、さげすまれ続けた貧民のゆえ。
 


窓の外は永遠の雪。
幾万の涙が呪ったのか、部屋の中ですら、食い止めようのない猛吹雪。
僕はなぜ、誰にも素顔を見せられない?
襲いかかる寂寥の中で、物言えぬ雪と氷だけが閉ざされた心の奥底まで
重く深く痛く苦しく、息も出来ないほど覆い尽くしていた。
 


マリア様。 あなた様なら御存知でしょうに。
人の悲哀の、あるがままの姿を。
泣きもすれば、わめきもする、僕とて人の子。
猛吹雪の暗闇から、一途に探し求めてきた。
来るあてのない、知るはずもない、遠い遠い 春の面影さえも。
それのみが、思い当たる唯一の慰めに違いなかった。
いっそ生まれ変われるものなら、どんなに良いだろう。
愛する人や、優しい人たちの待つ、幸せの国へ。
 
 



(笑顔の君/本 文)


 
春まだき———。
延々と降り積もる雪のように、僕の心のなんと白く冷たい雪よ。
人は悲しみに幾度立ち止まっても、季節は容赦なく歩み続けるものなのか。
永遠の別れから、十余の歳月。
あらゆる出来事を道連れに、季節は巡り
そして僕だけがひとり、取り残されてしまった。
それなのに、ふと見渡せば 君の笑顔の花はまだ咲いている。
そこにひとつ、ここにもひとつ、君の笑顔はまるで
覚めやらぬ夢のように。
 


巡る季節の窓辺に寄りすがり、込み上げる満身の思いを遠くまで馳せるとき
君がすぐそばにいた。  君は花びらの ウエディングドレスを身にまとい
僕の暗く冷たい孤独の部屋にまで、微笑みの香りをまき散らす。
美しいそよ風の音楽と混ざり合って、ひとつになって
涙色に染まるカーテンの向こう側。 ああ、夢か奇跡か。
君は本当に、そこにいる…。
僕の手を取り、君は見知らぬ土地まで、僕を連れ出そうと。
女神のつぶらな瞳で僕を捕らえて、しばらく佇 (たたず) んだそのあとで。
だけど何故? 
こんなにもやせっぽちで、こんなにもひどく貧しい僕のことなど。
もしも僕の手に、君の優しい手が触れたなら
僕は、この上もない嬉しさと恥ずかしさに、目を伏せてしまう。
君は見抜いていたのだね。 撃ち落された鷹よりも、傷まみれな僕を。
 


目を閉じて、再びそっと目を開けたら、そこは夢の世界。 君と二人。
二人きりで、見つめ合っていた。
見つめあう目と目。 交わしあう言葉と言葉、息づかい。
そうして、つかのまの幸福な沈黙。
指と指を、次第次第にからませて。 『Midori……』。
僕は思わず君の名を呼んだ。
すると君は優しくうなずいて、今度は僕の名を。 『……………』。
いつしか紅潮していた君の頬。 いつしか潤んでいた君のつぶらな瞳。
その瞳の奥に僕がいる。 君はどうして、そんなにも優しい。
人の情けも温もりも、何も知らずに育った僕の頬に
君の頬の、あたたかさを感じた。 ようやく僕は…。
そうだ、今度こそ、君を抱き上げてしまおう。 この腕にしっかりと。
僕は、たくましくなれたとも。 君を抱き上げる日のために。
『捕まえたぞ!』『今度こそ』『今度こそ、君を…』。
 


君を幸せにすべきは、誰だったのか。 誰が一番強く、君を愛していたのか。
君が生涯、笑顔で暮らしていけるなら
僕の存在は必要でないと考えていた。
しかし、君の笑顔の向こうには、大きな失望と悲しみが隠されていた。
君が何かに泣かされるくらいなら、この僕が、この命をかけて
君を守るべきではなかったのか。  君の本心に気付き
君をなんとしても、引き止めるべきではなかったのか。
季節は永遠に巡るのに、君はもう二度と帰って来ない。
 
 


(Epilogue/後書き)



僕の心の真ん中に片時も忘れず
君の笑顔の花を、咲かせておいてもいいだろうか?
僕は何度でも、君を思い浮かべる。
君の面影を生涯、心に強く抱きしめながら、僕はこの身を励ますとも。
笑顔の素敵な君。 優しかった君よ。 僕は随分と憧れた。
誰にも真似の出来ない、世界でたった一つの君の笑顔に。
だから、どうか……、地球の隅々まで振りまいておくれ。
そよ風や、太陽や、樹々や、小鳥たちにも、その笑顔を託して…。
 


君がいつも気付かせてくれたように、この世は美しいものだらけ。
御空に旅立った君は、決して何も語らずとも、僕に教えてくれる。
窓越しに見える、この広がりばかりが、世界のすべてではないと。
広い世界の、ありとあらゆるものに僕は
君のまごころの深さを、認めることができた。
そして君は、いつだって誰よりも、優しくて、可愛らしくて、きれい。
本当に、本当に誰よりも…。



           厳冬のきらきらと光る暁 (あかつき) の風景に
           君は きれいな花となって、今日も揺れている。
                             建礼門 葵
 




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♬BGM1曲目『グリーンスリーブス』/オリビアニュートンジョン
♬BGM2曲目『個人教授』より ≪愛のレッスン≫
♬BGM3曲目『忘れたいのに』/パリス・シスターズ
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 ※ BGM1曲目は
  オリビア・ニュートン=ジョンの『グリーンスリーブス』
  こらえても、こらえても、涙が止まらない……。
  オリビアの この曲感が、自分の心の世界の真実を
  投影してくれています。
                                          


  




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