黒い女神《短編小説》
ふらっと立ち寄ったBAR。
失敗したな、と思ったのは所謂ストリッパーが踊って、男どもにまたがったり、腰を振りながら挑発的なダンスでチップを貰う店だったからだ。
俺の趣味じゃない。
そう思いオーダーしたばかりのウォッカも飲まず、店を出ようとした時、一人の女から目が離せなくなった。
鳥籠に似せたステージで、煌びやかでセクシーな衣装を身に着けた彼女が、俺の瞳を見詰めていた。
誘う様な眼差しで、くねらす腰。
輝くスワロフスキーのホルターネックから覗く谷間。
ピンヒールでポールに絡まり、囲む男達の歓声を浴びチップが飛ぶ。
俺は魅入られた様に、そこから動けなくなった。
どれ程そうしていたのだろう。
店内の照明が一瞬暗くなり、再び薄暗い照明が灯りBGMが変わった時には、違う女がそこで踊っていた。
相変わらず客達は馬鹿騒ぎで、チップを投げ入れる。
俺は店を出た。
次の夜、ウィスキーで眠りに就いた俺の耳に、雨音が心地よかった。
何処かで小さな音がした。それは路地裏に面した窓を、コツコツと叩くような…。
初めは雨粒が当たっているのかと思い、微睡みにまた引きずり込まれて行った。
だが、その音は一定の感覚で聞こえる。
なんだ…。
寝惚けた頭で仕方なく、窓へ歩いて行くと小さな黒い鳥が、ずぶ濡れになって今にも凍えそうになっていた。
俺は慌てて自分のシャツでそいつを包み、温めた。
子鳥…とは違うらしい。
元々が小さいのかもしれない。
とにかく体温を上げないと…。
その夜は初めての事で、酒で酔っていた頭も一気に醒めた。
次の日、昔馴染みのヤツのとこに行き、そいつを診せた。
ヤツは不思議な人柄で、博識だ。
こいつなら、大体の事は分かる。
「低体温を起こしてるな。あとは栄養失調」
淡々と言い、処置を進める。
俺は手近にあった椅子に腰掛け、その様子を見ていた。
「薬を混ぜたこの餌をやれ。子鳥じゃない。多分これは南米でしか観られない珍しい鳥だ。黒の女神とも呼ばれている。」
ヤツはそう言い、小さな鳥籠に黒い鳥を優しく包んだ。
それから俺は、仕事が終わればその鳥の面倒を見るのが日課になった。
日に日に回復して行く姿に、柄にもなく胸の辺りが温かくなった。
鳥籠の中を元気に飛び回る姿に、ずっとこのままでは可哀想なんじゃないか…そう思い、真夜中にそっと
扉を開けた。
初めは躊躇していたが、次第に鳥籠の外に出てきた。
俺の指先に乗り、しばらく動かなかった。
月明かりが照らした瞬間に、ふわりと窓から闇夜に飛び立った。
二回旋回し、次第に姿は闇に紛れた。
次の日、あのBARに行った。何となく、又彼女に会いたくなった。
彼女は変わらず煌びやかな衣装に身を包み、男の視線を浴びてチップを胸元に挟み、口に咥えて挑発していた。
一瞬だけ、彼女が俺を見た。
その僅かな隙に彼女は片眼を瞑った。
チップを落とし口元が「Thank you」と小さく動いた。
黒い女神は力強い瞳で、また男達の一際高い歓声を浴びていた。
[完]
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?