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狐の嫁入り《短編小説》

「あれ、狐の嫁入りだよ」
おばあちゃんはそう言って、慌てて縁側の釣竿に干してあった布団を取り込んだ。

「狐の嫁入り?」私はその言葉に、とても惹かれた。
狐がこの天気雨の中、お嫁入りする姿を想像して、ドキドキしたのだ。

「おばあちゃん、今外に狐のお嫁さんが歩いてるの?」
おばあちゃんは笑いながら「諺なんだよ、天気雨の」そう言って、布団を畳に敷き、少し雨に濡れた部分をタオルで叩きながら拭いていた。

私はそんなおばあちゃんを見ながら「じゃあ、狐のお嫁さんは居ないの?」そう聞くと、おばあちゃんは手を止めて、私に手招きした。
「居るんだよ。けどこれは内緒だよ。奈雪にだけ教えてあげる。」
おばあちゃんは小声で、私の耳に内緒の話をしてくれた。


「あ、狐の嫁入り」
私がふと呟いた。
隣りに居た彼は「なぁに?それ」と不思議そうな瞳で問いかけて来た。
『狐のお嫁さんの、結婚式なんだよ』
彼の大きな黒目がキラキラ輝いた。
まるで私の子供の時の様に。

『秘密だよ?雪真にだけ教えてあげる』
こくんと頷く小さな頭。

『狐の嫁入りの時雨が降るのはね、空が祝福してるからなんだよ。おめでとうって、盛大に嬉し泣きしてるんだよ』

雪真は口に手を当てて、嬉しそうに天気雨の下に飛び出した。
空に手を翳し、両手いっぱいに雨粒を受け止めて、最近練習の成果で少しずつ出てきた声で「お、め、で、と、う」と言った。

そんな息子を私は誇らしくて、愛しくて抱きしめずにはいられなかった。

『おばあちゃん、あなたの曾孫、こんな可愛く育ってるよ。見てる?』


私は息子と一緒に空に手を伸ばし、精一杯手を振り続けた。


[完]



※狐の嫁入りは、諸説ある様ですが、昔は嫁入りする時夜にお嫁さんを馬に乗せ、火を灯しながら練り歩いたそうです。
時に、狐が人を化かしたそうな。
それを鬼火とも呼び、所謂人魂や霊魂だとも考えられていたそうです。

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