見出し画像

【義経北行遇鉄木真】#パルプアドベントカレンダー2023


 文治5年(1189年)閏4月30日夜。奥州藤原氏の長・泰衡は、源頼朝の再三の要求に屈し、500騎を派遣して源義経らが住まう衣川館を襲撃させた。館の主・藤原基成は密かに逃げている。義経の手勢は音に聞こえたつわものばかりなれど、わずか10数名。衆寡敵せず、義経の命運はここにきわまる。

「取り囲まれたか」おれは兵馬の音を聴きつけ、笑いながら溜息をついた。平家を滅ぼし、京都で栄光に満ちていたおれが、数年後にはこの有様とは。まこと諸行無常、因果応報。たとえおれの首を差し出そうと、兄は奥州を温存してはおくまい。追い詰められたは泰衡も同じ。これで天下統一は成る。

「おおお……」妻は起き上がって蒼白になり、幼い娘を掻き抱いて嗚咽を漏らす。あわれなことよ。「そなたらは逃げよ。尼になるなり、他所へ嫁ぐなりいたせ」「いたしませぬ。すでには殺されました。あなた様の妻として名を遺し、ともに死にとうございます」「その子もか」「不憫なれども」

「南無阿弥陀仏」おれは短刀を抜き払った。壇ノ浦にて幼い天子を海の底へと赴かせ、幾多の兵や獣を殺生した身だ。地獄へ堕ちることは免れ得まい。せめて妻子らは末法の現世を離れ、極楽往生するがよかろう。「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」妻は娘を掻き抱き、涙ながらに介錯を待つ。「いやだ」

いやだ!」娘は涙を流し、暴れ出した。「いやだ、いやだ!死ぬのはいやだ!」「これ!父も母もともに死ぬというのに、そなた一人でどうなさる」「死にとうない!」妻は涙ながらに娘をさとす。「この世は辛い、苦しい所じゃ。少しばかり我慢すれば、極楽という良いところへ参るのじゃぞ」

「平泉よりもっと良い。あれは極楽の写しじゃ。現世に未練があれば、極楽へ参られぬぞ」「いやだ!平泉がよい!」娘はむずがり、言う事をきかぬ。おれはふうっと息を吐く。「よい。やはりそなたらはここを逃げよ。男なら殺されようが、女なら悪いようにはするまい。おれの首を持っていけ!」

 おれは笑って短刀を首筋に当てた。その時。「待たれよ、九郎判官殿!」おれの手を抑えたのは、老翁。だが声からするに基成殿ではない。身に赤い蝦夷錦を纏い、赤い烏帽子を被り、顔を赤い鼻高天狗の面で覆っている。

「わしはサンタ天狗サンタの国へお連れ申す」

「さんた……天狗?」おれはあぜんとした。天狗はわかるが、さんたとはなんだ。「いやあっ!」「ぐわあっ!?」天狗は有無を言わさず、おれを投げ飛ばして組み伏せた。手から短刀が転がり落ちる。「な、なんだ!敵か、味方か!」「お味方にござる」「さんた、とは」「これより遥かに北の国」

 天狗が指を鳴らすと、ぞろぞろと蓑をまとった鬼の群れが現れる。否、仮面だ。「あなや!?」「わあーっ!」妻子も驚き、泣きわめく。「お、落ち着け!味方だと言うておるぞ!」「お味方にござるが、ちと我慢を」おれと妻子は有無を言わさずたちまち捕縛され、猿轡を噛まされて担ぎ出される。

 外には干し草を積んだ橇。馬ではなく大鹿が牽いている。それに積まれ、視界は闇に包まれる。橇は動き出した。天狗や鬼に殺すつもりはないようだが、果たして何処へ連れて行かれるのか。ともあれ、命は助かった。

 ややあって、泰衡の兵がどかどかと踏み込んでくる。「……おらぬぞ。やはり逃げおったか」「なれば偽首を用意せよとのお達しじゃ」「よし」

 同年6月、義経の首は美酒に浸けられ鎌倉に送られた。しかし頼朝は藤原泰衡を征伐せんと翌月出陣し、8月には白河の関を越えて攻め寄せた。泰衡は平泉を捨てて北へ逃げるも9月に家来に殺され、奥州藤原氏は滅亡した。

 同年末、出羽で大河兼任が自ら義経を称して挙兵し、津軽から多賀城府へ迫ったものの、鎌倉軍に討ち破られて敗走し、翌年3月に討ち取られた。以後、義経の名は歴史より姿を消す。しかしその名は語り継がれ、義経は死なず、北へ逃れたとの伝説が生まれた。蝦夷地へ、さらにその北へ。

 いわく、頼朝に送られた彼の首は偽物であった。義経は影武者を立てて密かに衣川を離れ、逃げていたのだと。伝承は北上川を渡って北上したのち、東へ向かい、遠野を経て海辺へ。陸路と海路を用いて北上し、宮古、久慈を経て八戸、津軽に達する。奥州藤原氏繁栄の基盤、北方交易の拠点である。

 陸奥湾に面した外ヶ浜そとがはま。義経はここから北西の津軽半島へ向かい、三厩みんまやから海を渡って蝦夷地に着いたという。そこから先は諸説ある。東の日高へ赴き、人々から半神の文化英雄として崇められ生涯を終えたとも。西の江差から北上し、樺太を経て大陸に渡ったとも。

 蝦夷を介しての日本と北方・大陸との交易は、実際に古くから行われてはいた。樺太/サハリンの北東部は間宮海峡で大陸に近く、アムール川(黒水/サハリヤン・ウラ)からの流氷で閉ざされれば歩いて渡ることができる。そのまま川を遡っていけば……ついには、モンゴル高原の北東部に至るのだ。

アムール川とその支流の流域

 文字記録には乏しいものの、『日本書紀』に見える「粛慎」、唐の記録にある「流鬼国」などは、蝦夷の北の勢力と考えられる。巨大なアムール川とその支流が様々な部族や政治勢力を繋ぎ、遠くチャイナと日本とを結ぶ北方交易ルートが古来開かれていたのだ。平安時代末にも蝦夷錦の記録がある。

 チャイナ南部で生産された絹織物が、北方交易のルートを通じてはるばる日本の京都にまで達していた。奥州藤原氏と密接な関係のあった義経が、それを知らないはずもなかろう。この頃アムール川流域の大部分を支配していたのは、ツングース系女真族が建てて華北を征服した王朝・である。

 蝦夷ヶ島の北端より、さらに海を渡って達したのは、唐人が流鬼国と呼ぶ大きな島であった。細長い島の北西端には狭い海峡があり、そこから氷を踏んで山丹さんたへ渡れるという。また流鬼国から北東へ行けば夜叉国があり、長い牙の生えた鬼どもが棲んでいるという。この世の果てだ。

「仏典によらば日本は粟散辺土、閻浮提洲の東に浮かぶ、粟粒のごときちっぽけな島々にござる。九郎殿にはいささか狭い」天狗は酒盃を差し出す。「よかろう。あんな小島の天下など、兄上にくれてやる」おれは酒盃をあおり虚勢を張る。妻子は結局、途中で置いてきた。武者も引き具しておらぬ。

「山丹国は金国に従っております。まずはそこへ身を寄せられるがよろしかろう。通訳は任せられよ」天狗は助言をした。日本と金国は国交がないが、高麗を経て日本へ戻る道もあろう。しかし。「いくさはあるか。手柄を立てれば出世の道もひらける」「近頃は辺境が騒がしく」「ならば案内せい」

 交易の拠点である山丹国には、様々な情報も集まってくる。西の方ではタタル部モンゴル部が相争い、金国は両者の対立を煽っているという。モンゴル部の長はテムジンといい、おれと同年代であるという。おれは興味を惹かれ、天狗とともに大鹿の橇に載って黒水を遡り、モンゴルへと向かった。

「わしはもとモンゴルの隣国、ケレイト国が生まれでござってな」道中、天狗は身の上話をはじめた。「国が乱れたゆえ東へ逃れ、流浪の末に奥州へたどり着き、先の奥州殿(秀衡)に仕え申した。異国の者ゆえ胡面をかぶり、山伏の姿をして諸国を巡り歩き、殿のおわした鞍馬山にも参り申した」

 天狗は懐をさぐり、数珠を取り出した。珠のひとつには「十」の字が刻まれている。「ケレイト国にては、仏道よりも景教が盛んでござる。遥か西の大秦国より伝わった真の教え。この世を救うために現れる御方を待ち望む、光の教えであると」「阿弥陀や弥勒のようなものか」「誰でもようござる」

 天狗は天を仰いだ。「何処にてもこの世は末法、戦のないところは少ないもの。なればいっそ、天下を唐土から天竺の果てまで真っ平らにいたして、そこに極楽浄土を築くほかござるまい」おれは笑った。「天狗よ。わしはまだ若い。未来がある。いずれ天竺までも攻め取ってみせよう!」

 モンゴルに着いたのは真冬であった。この頃モンゴルは2つに別れ、一方はテムジン、他方はジャムカを長として戴いていた。ジャムカは先ごろテムジンに勝ったものの、戦後に非道な振る舞いをしたため人心を失い、テムジンにつく者はかえって増えたという。ならば、やはりそちらだ。

「遠くから、よう来てくださった」天幕で天狗とおれを出迎えたテムジンは、おれよりよほど大柄だ。彼は目を細めた。「贈り物は受け取った。わしはキヤト氏のテムジン。客人がたのお名前は」天狗は答えた。「山丹の捏古来ニコライ」おれはしばし躊躇い、こう告げた。「山丹の、九郎

 これより6年ののち、テムジンは金国およびケレイトと同盟してタタル部を討ち、金国より百人長の称号を授かった。さらに10年で漠北の諸部族はほとんどが彼に従い、テムジンは天命を受けて大モンゴル国(モンゴル帝国)を建国し、チンギス・カンと名乗った。義経の行方は杳として知れない。

【義経北行遇鉄木真】終わり

◆蒙◆

◆古◆

 去年は参加しませんでしたが、一昨年は飛び入りで一発撃ちました。なんか思いついたので今年もやってみました。つのの得意な歴史ものに、天狗とサンタを投げ込んでこじつけたらこうなりました。山丹国と思われる地域では実際トナカイが飼育されており、赤い蝦夷錦を来た長髯の老人もいれば、モンゴル高原からネストリウス派キリスト教(景教)も伝わっていたかも知れません。つのは義経北行伝説や義経=チンギス・カン説を学問的には支持していませんが、フィクション上なら自由です。つのは宣教師ではなくメガテニストですのでごあんしんください。問題があれば爆破します。暇ならまたやるかもです。撃ちたい人は撃ってみましょう。

参考な:

【以上です】

つのにサポートすると、あなたには非常な幸福が舞い込みます。数種類のリアクションコメントも表示されます。