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【AZアーカイブ】ゼロの蛮人(バルバロイ)第七話

《『王宮日誌 シャルロット秘書録』より》

アルビオンの貴族派、『レコン・キスタ』からの使者。
そう、ユリシーズという男は名乗った。逃亡するトラクスとフーケ、それにルイズを『保護』するという。私、ガリア人の『タバサ』は予定外だったらしいが、ルイズと同行するのを条件にアルビオンへ行く事になった。
商人用の馬車に身を隠し、私たちは夜道を港町ラ・ロシェールへ急ぐ。

ルイズの精神は、意地を張ってもかなり限界ギリギリだ。適切な環境でのケアが必須。具体的には、ケガの治療と沐浴、更衣、ちゃんとした住環境とまともな食事。そして従順な使用人。

私はいいが、『貴族』として振舞う事を第一とする彼女には、これらがどうしても必要なのだ。『蛮人』トラクスの存在は、それを真っ向から否定している。『ロングビル』でも無理だ。それに私はコミュニケーション能力に難がある。危険だが、選択肢はなかった。

「そう怖い顔をしないで下さい、ミス・タバサ。スマイルスマイル。大丈夫ですよ、彼女にも貴女にも、丁重な扱いをさせて頂きますから。はい、『はしばみ草のサラダ』ですよ。 宿泊先とフネ(飛行船)には、豪華なお食事もご用意いたします」

ゴクリ。流石にサンドイッチとワインが少しでは、空腹を癒せない。ここは素直に従うのが一番だろう。心底悪い奴はいないはずだから。そう自分に言い聞かせ、私はサラダを食べた。やはり、はしばみ草は最高だ。

「ねぇ、ミスタ・ユリシーズ。食事もいいが、大丈夫なんだろうね? トリステインの追っ手や賞金稼ぎが襲って来たら、どうするんだい」
フーケが心配そうに尋ねる。私もちょうど今、それを聞こうと思っていたところだ。
「ご安心を。街道沿いにいる野盗どもを多数買収して、トリステインの貴族を襲えと命じてあります。ラ・ロシェールの町では、戦争のついでもありまして、傭兵やメイジを山ほど雇いました。余程の手練でも、フネに近づく事さえできますまい」

ラ・ロシェールで一泊し、何事もなく『レコン・キスタ』が買収したフネに乗り込む。目的地、浮遊大陸アルビオンまで、もう少しというところか。ちょっと拍子抜けだ。一同は隠れ家とはうって変わって贅沢なアメニティに酔い痴れる。その頃地上ではワルドとキュルケが悪戦苦闘していたそうだが。

「皆様、出発のご準備を。間もなく我が軍の旗艦、『レキシントン』に接舷、移乗いたします。貴族会議の長、オリヴァー・クロムウェル閣下が接見なさいますので、失礼なきよう」
ユリシーズの言葉で我に帰り、四人が船室を出て集まる。メイジ三人には儀礼用の、魔法がかけられない杖が渡された。もちろんデルフは倉庫だ。

「クロムウェル閣下、ねぇ。確か、ただの平民出の司教じゃない。この私を人質にとって、トリステインとの交渉を有利に進めようっていうのね! 人の弱みにつけこんで、やるじゃない! テューダー王家に叛旗を翻すだけの事はあるわ」
ルイズが、ない胸と虚勢を張る。クックベリーパイを鱈腹食べて、幸せ一杯という顔だったが。
「しょ、しょうがないでしょ! アルビオンの料理は不味いって聞いてたけど、お菓子は美味しいのよ!」

窓の外に、岬の先端に聳えるニューカッスル城と、それに匹敵する巨大戦艦が見えてきた。

「やあやあ、これはこれは美しいお嬢様がた。ようこそ、アルビオン貴族派の旗艦『レキシントン』へ! 長い空の旅は、快適でしたかな? ご不満があれば、なんでもどうぞ。もとは『ロイヤル・ソヴリン(王権)』という名前でしたが、もはやこの国の『王権』は失われますのでね。我が軍の緒戦での戦勝地、レキシントンの名前をつけさせてもらったのですよ」
共和革命の指導者、オリヴァー・クロムウェルがにこやかに歓迎する。

三十そこらの痩せた男で、貴族ではなく司教として法衣を纏い、球帽を頭に載せている。反乱のリーダーとするには、利害関係の直接絡む貴族より、司教程度の聖職者の方が何かと都合がいいという事か。トリステイン王国のマザリーニ枢機卿しかり、政治に聖職者が関わる事自体は、珍しくはない。

挨拶もそこそこに、ルイズは丁重に別室へ移される。ここからは機密事項だ。

「……さて、ご苦労だったミスタ・ユリシーズ。アンリエッタ王女の幼馴染だし、かなり利用価値はあるだろう。あとは、この娘たちと蛮人トラクス、だったかな。ふん、お前が蛮人の戦士か。噂には聞いているぞ。なかなか精悍だな」
クロムウェルの態度と雰囲気がガラリと変わった。

「ニューカッスルに潜入して、国王かウェールズの首級を持ってくるだと? 残り300とは言え、いわば精鋭。生半な戦士やメイジでは返り討ちだ。君たちが我々の傭兵のような立場とは言っても、命を粗末にする事はないぞ」

値踏みしながらも不安がるクロムウェルに、フーケが堂々と答える。
「なあに、障害が多いほど燃え上がるのは、色恋ばかりじゃありませんよ。 このトラクス、魔法学院で手練の衛兵たちを40人、ばったばったと切り倒し、傷一つ負いませんでした。メイジの魔法は魔剣で吸い取るし、その剣技の冴えは尋常ではございません。手ごわい敵には、あたしが30メイルの巨大ゴーレムで対抗してみせますわ。このマチルダ・オブ・サウスゴータ、王家に貴族の位を剥奪された恨みは骨髄に沁みております」

「ふむ。気乗りはせんが、一つやらせてみるか。せっかくお出で頂いたのだしな。首尾よくいけば、望みのままに恩賞をとらせよう。正式に叙勲してもよい」
「じゃあ、彼に例の魔剣を返してやって下さいな。あれがないと大違いですから」

「あれが、ニューカッスルだ。わかるかね?」
トラクスとフーケとタバサは甲板に出て、艦長のボーウッド卿から戦況の説明を受ける。
「城攻めは普通、10倍以上の兵力を投入しないと勝てない。向こうにはフネも数隻あるし、メイジもいる。君たちみたいに単騎で突入するような戦況では、まだないよ。我が軍の総攻撃を待って欲しかったな。とりあえず、潜入するなら一番手薄なところを……」
「一番、敵の兵士が『集まっている』ところ、どこだ」

トラクスが話の腰を折る。
「は? おい、人の話を聞いていたのか? なるべく人の少ないところから……」
「強いところ、見せる。だから、なるべく『たくさん敵を殺す』。まずは、これだ。どいてろ」
トラクスが背嚢から、太い紐を編んだものを取り出した。中央部分が広く、そこから長細い紐が伸びている。大きめの石も入っている。それを編み紐の中央に載せて包み、両端を掴んでぶん回す。

「『投弾帯(スリング)』……? おいおい、ここから城まで、何百メイルあると思っているんだい」
羊飼いが狐を追うのに使うような原始的な投石器だ。何かの英雄気取りか。
ボーウッドは苦笑するが、トラクスの左手の甲のルーンは、『武器』の反応を感じて輝きを増す。

ブオン!!

回転は凄まじい速度に達し、トラクスの手から隕石のように石が放たれた。
あやまたず、櫓の上の兵士の顔に、『ぞりっ』と抉り取られたように穴が空き、大量の血を撒き散らした。

「「う、うわああああああ!!!?」」
櫓の上の兵士たちは、突然の惨状に驚愕する。しばらくすると、次の弾丸が飛んできた。今度は肩から右腕をふっ飛ばし、石壁に穴を空けた。恐慌は大きくなった。

「やはり、弓矢の方が、連射がきく。港町で買っておいて、良かった」
そう言うと、トラクスは弓袋から短弓を取り出し、矢をつがえて引き絞る。 ビュウビュウと疾風が鳴り、城には雨のように矢が注がれる。
「弓、折れた。補強してくれ。矢もくれ」
呆然としていたフーケが、あわてて『錬金』で弓を『鋼鉄』に換える。それもアルビオンでよく見られる『ロングボウ』だ。矢も数十本作っておく。

ぎりぎりぎりっ、とトラクスが、途轍もない強弓を引き絞る。太い矢はまるで、投槍だ。

バンッ、という音とともに、その矢は恐ろしい速度で標的へ飛んで行き、兵士の腰から上を粉砕する。まるで砲弾だ。
「な、なんだ、さっきから! あの敵艦から飛んでくるぞ!!」
「貴族派の、新兵器の実験か!?」
まあ、そんなものだ。今やトラクスは伝説の『ガンダールヴ』の力を得て、殺戮兵器と化していた。

『ひょえええ、こりゃ俺様、今回からいらない子なんじゃあねーのか』
『安心しろ、今からたっぷり、血と脂とマジナイを食わせてやる』
背中のデルフが呟くが、トラクスは不敵に笑い、弓を仕舞って相棒を抜く。
「フネ、城壁に、近づけろ!! ギリギリまで!!」

巨大戦艦『レキシントン』が、ニューカッスルの城壁にぐぐっと近寄る。反撃は、なかった。フーケが覚悟を決め、杖を握る。タバサは見送りだ。

トラクスは武者震いすると、戦の神アレスに加護を祈り、雄叫びを上げて飛び出した!!

「アッララララ――――――――――イ!!!」

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