脂肪遊戯

高校時代も、ゴリゴリに鍛えているという訳ではなかった。それでも、運動の習慣が無くなるというのは恐ろしい。ベルトを締めた時に弛んだ腹の丸みは、如実に日頃の怠惰さを映し出している。

大学生の太り方は、身体測定では測れない。脂肪が、勝手に筋肉とトレードされているのだ。毎日、気づいたら筋肉は他球団に移籍しているし、脂肪は自球団のファームに回されている。しかもコイツら、タチの悪いことに一軍で戦力になる気がさらさらない。なぜ一軍レギュラーの筋肉を移籍させるのか、と首脳陣に問うても、彼らは、大人の事情があるんだよ、と寂しく笑うだけだ。

そんなチーム状況だから、成績も伸び悩んでいる。もちろん、シーズン中盤にはフロントが緊急補強に動いたこともあった。かのメジャーリーグからプロテインを、独立リーグから自重トレーニングの本を獲得したりもした。一時的にチームが上向くことはあった。それでも、シーズンオフになると、彼らは海を渡って帰っていった。
「ハハハ、もちろんいいチームだったよ。ボスには感謝してる。そう伝えておいてくれ。だけど、ボクが最も輝ける場所はここじゃないんだ。じゃあな。」
そう言い残すと、パッチリとした二重に金色の睫毛を称えた左目で器用にウインクして、助っ人達はジェット機に乗り込んでしまった。

定期的に開かれるオーナー会議では、ほぼ例外なく、各チームの戦力の弱体化が議題に挙げられた。
「俺さぁ、最近マジで腹がやべえんだよ」
「お前アゴに肉付き始めたもんな」
「やっぱり?」
「いやビールは効くわほんとに」
最後は決まって、その弛んだ腹を見せ合って笑って終わる。
会議は踊る、されど進まず。

今シーズンが始まって、はや1ヶ月が経とうとしている。僕は、家の中では、極力裸でいたいと思っている。恥とか外聞とか、家の中では気にしなくてもいい。
風呂に入る前に上裸でリビングを練り歩いていると、あら、あんた太ったわね、と母親に脇腹を突つかれる。僕は、やっぱり?俺もそう思ってたんだよね、と返す。テレビに目を向けていた妹もこちらに向き直し、ちょっとまずくない?と母に加勢する。
とりあえず上裸のままサイドチェストからダブルバイセップスをカマし、風呂へと逃げ込む。目の前の鏡に身体を映し出す。貧弱な筋肉がわずかに隆起する。実のところ、ここ数年、体重は変化していない。それでも、確かに身体が小さくなっている。やはりトレードは行われていたのだと実感する。しかも、とんでもない鮫トレードである。久保康友と橋本健太郎、藤田一也と内村賢介、筋肉と脂肪。等号が成り立つとは到底思えない関係性。それでも、時として不均衡トレードは発生する。これが「大人の事情」なのだろう。

家族が寝たのを確認して、リビングに戻る。株主総会であれだけ糾弾されてしまっては、球団としても対策しない訳にはいかない。
絨毯の上でうつ伏せに寝転がる。肘とつま先を地面に着け、身体を浮かせる。中高時代から慣れ親しんだ体幹トレーニングの一つだ。フロントブリッジ。とりあえずインターバル30秒、1分30秒×3セットをノルマに設定する。
苦しい。
2セット目の途中から腕がプルプルと笑い出す。血が上っていく。辛いと感じる自分を支えるのは情けなさだ。高校時代なら、これくらい余裕でこなしていただろう。トレーニングルームでグダグダ話しながらなんとなく筋トレに励んでいた時を思い出せ。今の必死な僕よりだいぶメニューをこなしていたぞ。
なんとかノルマをこなすと、絨毯に腹から倒れ込む。息が上がる。身体の芯が熱を帯びる。
どうしようもないな。
笑みがこぼれる。空笑いは熱気の外へ放り出されると、暗がりの中へ消えていった。

仰向けに向き直り、脚をわずかに空中に上げ、その状態をキープする。いわゆるレッグレイズ。1分×3セット。

頭の後ろで手を組む。両足を上げる。右肘と左膝、左肘と右膝が交互にくっつくように身体を捻る。バイシクルクランチ。20回×3セット。
…あ、これ、マジで無理。
20回×2セット。

自己満足を得られたので風呂に戻る。噴き出した汗と満足感をシャワーで洗い流す。腹斜筋と大腿四頭筋に鈍痛が走る。母親に突つかれた脇腹は引っ込むだろうか。そんなすぐに結果が出る訳はないけど。とりあえず飽きるまでは続けてみよう。

Don't think. Feel.
という言葉を遺したのは「燃えよドラゴン」の作中のブルース・リーだっただろうか。
考えるな、感じろ。
実は、この台詞には続きがある。
"Don't think, feel. It's like a finger pointing away to the moon. Don't concentrate on the finger, or you will miss all the heavenly glory."
考えるな、感じろ。思案を巡らせるのは月を指差すようなもんだ。指先ばかりを見てちゃ月を見失っちまう。そんなんじゃ栄光は掴めないぜ。
僕は鏡に映る腹を見てこんなもんか、と考えてばかりいた。でも、そろそろ本腰を入れないと取り返しのつかないことになりそうだ。また独立リーグから自重トレーニングの本を引っ張り出してこようか。富山から横浜に復帰した古村徹のように。BCリーグを渡り歩いてロッテに復帰した三家和真のように。栄光を掴めるかなんて分からないけれど。

僕は脂肪と戯れる。早く消えろと念じながら。
今年はチームを好転させることができるのか。余剰戦力の脂肪を放出して筋肉を獲得できるのか。首脳陣に力づくで訴えてみよう。
そして、まずはオールスターゲームまでのAクラス入りを目標に定めようか。

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ありがとうございます!!😂😂