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"さよならはまだ"

いつのことだったか。
どれだけの時が過ぎたのかは
わからない。

身は褪せ、劣化した姿で
もう一度役目を果たすことができるのだろうか
今も待ち続けている。

相棒の姿を。主の姿を。

まださよならを言うつもりはなかった。
役目を全うするまでは
文字通り一心同体なのだから。

しかし突然別れは訪れた。
車の乗り入れを防止するための
太く冷たい鉄の棒にいま、突き刺さっている。
底は天を仰ぎ、足を入れるはずのフットベットには
その鉄の棒が入っているではないか。

こんなはずではなかった。

ショッピングモールで購入された
黒色のスニーカー。
相棒の左足とともに
時には雨風から足を守り
夏の暑い日には熱されたアスファルトから
主の足を守る。
長い距離を歩いても疲れを軽減し
寄り添う存在として
身を捧げるはずだったのだ。

別れは突然やって来た。
理由はわからない。
ともに歩を進めてきた、左足のスニーカーが
いないのだ。

なぜか踏みしめているはずの
アスファルトはない。
耳を当てるかのように身を寄せている形に
なっている。

転がっているのだ。
もちろん主の姿も見当たらない。

時は立ち、風雨に晒された。
いつのまにか、主ではない誰かに
鉄の棒に突き刺さる形で
保護してくれたのだろうとおもう。
主にわかりやすい位置に移動してくれたのだ。
ありがたい。

しかし待てど暮らせど
変化はなかった。
何人もの人々が横を通り抜けていった。
そのなかに主の姿はなかった。

すでに新しいスニーカーを迎え
いれているかもしれない。
そうなれば相棒も危機に面している
可能性が高い。

片足だけ買い換えるという
わけにはいかないからだ。
メーカーや色・サイズに至るまで
同じものを買い揃えたとしても
生涯を終えることになってしまうのだ。

あいつの相棒は別には存在しない。
同じように磨耗し、同じように劣化した
モノでしか本当のパートナーには
なれないということだ。

今日もまた日は登り、
主の迎えを待っている。

"さよならはまだ"



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